私は、いまでも明日を待っています。
少し厚めの上着を着るようになったころの話だ。
私は我慢の限界だった、今にもこぼれてしまいそうだった。
トイレに行くといって、部屋から出て行ったあなたを追いかけて「待って」と声をかけた。
あなたはいつもの猫背のまま、ゆっくりと振り向く。
「なんですか」、抑揚も付けられていないあなたの言葉。
私は途端に怖くなって、下を向いた。あなたの素足が見えて、何も言えなかった。
初めてあなたを見たとき、正直本当に変な人だと思った。
髪もボサボサで、服もシワシワで。肌は青白い、長身な上に痩せているからなんかヒモみたいだし。
瞳の下にはくっきりとした隈。
色んな意味で近寄りがたいあなただった。それなのに、私は近寄りたくなった。
時間を重ねれば重ねるほど、あなたへの気持ちが変化していく。
ボサボサの髪が見えれば鼓動は激しくなった。
隈が見えればなぜか心がポカポカになった
それが恋心だと理解するのに時間はかからなかったけど、どうしていいか分からない。
白い背中にもたれかかることはきっと許されない、分かってた。
それでも、結末を悟っていても、あなたに近寄りたかった。
だから、こうしてひきとめて。
どうしても気持ちを伝えたくて。
震える口でやっとあなたに「好きです」と伝えた。
恐る恐るあなたの顔をみた。いつもどおりの無表情。
二人の間に流れる沈黙はわたしにとってあまりに重くて、苦しくて、もう逃げてしまおうと思ったのはそれから数秒後。
踵を返そうとした瞬間、あなたが口を開いた、「ありがとうございます」
「えっ」、目を見開いた私。
あなたは大きな瞳で私をみている、いつもなら嬉しい視線なのに、今はこんなにも息苦しい。
どういう返事が返ってくるんだろう。
少し希望を持ってる自分がいるのに気づいて、心の中で嘲笑った。
「お返事は、明日でも構いませんか」
語尾を上げて私に問いかけるあなたの姿に、わたしは頷くことしかできなかった。
すると彼は私に背をむけて、廊下の奥へと消えていく。
今日もまた屋上に出て、出て空を見る。
何も変わらない、太陽は必ず沈んではまた上ってきてくれた。
「明日」
一人でそう呟いて、鼻をすすった。
あれから数時間後、あなたは本当に消えていった。
閉じられたあなたの目に私は何も理解できなかった。
違う。
理解してた、死んだって理解してた。でも受け入れられなかったんだ。
明日、返事をするとあなたは言ったのだから。
ねえ竜崎。わたし今でも私は待ってるんです。
明日を心待ちにしているんです。
あなたの返事が聞きたい、例えそれが私の望まない返事だったとしても構わない。
ただ今は、あなたの言葉が聞きたいんです。
ボサボサの髪で、シワシワの服で、青白い肌で、痩せた身体で。
隈のついた目で、もう一度私は見てくれればそれで構わない。
来るはずがないと、分かっていても、
私は、いまでも明日を待っています。
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