サンタさんなんて信じていないけれど、
今、私の中にあるこの幸せは、最高のプレゼントだと思う。
The best presents with you...
野菜が入っている白のビニール袋をぶらぶら揺らしながら、アタシはスーパーから自宅へと一歩一歩と歩いていく。
母に頼まれてお使いに行き、只今帰路に着いている私。とてもとても寒いのでマフラーにコート、手袋、防寒バッチリだ。
マフラーで隠れた口を出してもう一度、はあと息を吐くと、期待通り息は白く染まってくれて、何だか楽しかった。
しばらくすると、家まであと数分のところでこの暗闇の中にキラキラと光る場所を見つけた。
近づいてみるとそれは綺麗にイルミネーションしてある一軒の家。
家の壁には綺麗にいくつもの豆電球がかかっている。そしてただ光ってるだけではなく、
例えば綺麗にピカピカ光る沢山の平面の雪だるまになっていたりだとか、ベランダからは作り物のサンタさんがぶら下がっていたりだとか。
毎年のことながら、このうちはすごいなぁ。そう思った。
スーパーと私のうちを繋ぐ道にはこのうちがあって、この時期、毎回毎回この道を通るたびに見とれているのだ。
私が小さいころは小規模なものが次第に規模が大きくなっていって、今はもうこの時期この地域のひとつの名所だ。
ふと小学生のとき、幼馴染の一人と一緒にこのうちのイルミネーションに見とれていたことを思い出した。
その幼馴染ともう一人、そして私の三人は、小学校のころははいつも一緒だった気がする。
学校にいるときも、放課後も私は二人について、彼らがテニスをしている姿を見ていた。
彼が、引っ越すまでは。
まあそんなことは昔の話。今は三人、別々に過ごしている。
一人は越してしまい、一人は私立の青春学園に通い、そして私は市立の普通の中学へ。
もう、接点なんて皆無に等しかった。
そういえば。豪華なイルミネーションを目にしてもう一つ思いだした。
イルミネーションといえば、駅前のツリーも毎年綺麗に飾られている。
それはこの時期、恋人達のデートスポットと有名である。
友達も例外ではなく、友達が今日…つまりクリスマスに彼氏と見に行くんだ、とのろけていたことを思い出した。
そう、今日はクリスマス。年に一度のビッグイベントである。
町のいたるところでクリスマスソングが流れ、世は良い意味で浮かれに浮かれる。
小さな子供といえば毎年プレゼントを楽しみにしていたり、一家団欒と家族共に美味しいものを食べたり。
恋人がいれば、いっしょに過ごしたり。
今日と言う日は日とそれぞれ沢山の過ごし方があるだろう。
ちなみに私は必至的に家族と共に過ごすことになっている。
それは何故か。私が一人身であるからと友達のほとんどが、今日は彼氏とデートという用事があるからだ。
中学2年生のこの時期、気づけばクラスの女子の半数以上が彼氏もちという状態に。
しかも大半が今日デートで、しかもあの綺麗に飾られたツリーを見に行くらしい。
正直、羨ましい。
ええ、そりゃあもう。
それは、私が独り身だから、という理由もある。
でも、本当はそれより大きな理由があった。
「綺麗だね、蓮ちゃん」
「うん」
「私の家もこんな風にキラキラさせたいなぁ」
「へえ。でもこんなに沢山、とてもお金がかかるよ。
そうだな、一ヶ月あたり約…」
「え、あ。わかった。良いよ、言わなくても」
「ハハ、わかった」
「ねえねえ、駅の前の大きなツリー、今ね、凄いきれいにピカピカ光ってるんだよ」
「ああ、そうだね。毎年綺麗に美しく飾られている」
「でね、おねえちゃん、クリスマスに彼氏と見に行くんだってー」
「へえ」
「蓮ちゃん、私たちも大きくなったら一緒に見に行こう。
わたし、蓮ちゃんと見たい!」
「…良いよ、大きくなったら、見に行こう」
そうしてギュッと彼の手を握りなおせば、彼は答えるように強く手を握ってくれた。
優しい、優しい温かさだった。
そう、私と彼――蓮二という――はこのうちの前でそんな約束をしたのだった。
まだまだ子供な私だったけど、偽りは無かったと思う。
蓮二のことが確かに好きだった。
そして今もなお、彼は私の心の中心にいる。
ああ、嫌なことを思い出してしまった。
そう思った。
その後、結局彼はそれから一年もしないうちにどこかへ越してしまった。
つまりそれはわたしの小さな恋に終止符を打たなくてはならないということだった。
しかし、私は終止符を打つことができなかった。小さくてもはっきりした恋だったから。
だから今でもこうずるずるを引きずっている。
私の心の中でやっと整理がついてだんだんと小さく消滅しようとしていたのに…昔の約束を思い出してしまった。
また、彼のことが恋しくなってしまった。
「蓮…二…」
きらきらと光るイルミネーションを前に、ポツリと私はそうこぼした。
頭の中で、あの日の約束がぐるぐると駆け回っている。
ああ。
駅前のツリーなんて贅沢なことは言わない。
言わないけれど、
せめてこの場でもう一度このイルミネーションでも彼と一緒に見れたらなあ。
とそんなことを思ってみたが、すぐに馬鹿なことをと自分に呆れた。
きっとこのまま終わる恋だし、無理な話である。
手袋をとって、目にたまった涙を拭き、
そろそろ体が冷えてきたので帰ろうとおもった。
その時だった。
向こうからくる背の高い大きな人に思わず飛び上がりそうになったのは。
濃い緑色のさらさらの髪の毛、閉じた瞳…。
背丈は随分変わっていたけれど、あれはまさしく蓮二だ。
まさかと思った。
ここにいるはずがないと分かっていたから。もう何年もあっていないのに、なんで今…?
もしかして思うがあまり夢でも見てるのではないかとも思いもしたが
そんなはずもない。間違いなくあの人は…。
私は無意識のうちに体が動いているのに気がついた。逃げようとしているのだ。
なんで?嬉しくないの?
自分で自分にそう問いかけてもみたが、心の準備がなっておらず、今は彼とは会いたくなかった。
しかし、次の瞬間、「?」と私を呼ぶ声が聞こえた。
思わず立ち止まり、振り返る私。
そこには、背の高い男の人――やっぱり、近くでみると蓮二だ――が私を不思議そうに見ていた。
蓮二、と私は小さく一言。
動揺のあまり、言葉がそれ以上でてこないし、蛇に睨まれた蛙のように体が動かなかった。
数年ぶりの再会、改めてこう間近で蓮二をみてみるととてもドキドキする。
すらっと細く、そして背が高い身体、見上げないと彼の顔が見えないほどに。小学生のころは同じほどの高さだったのに。
髪型はもうおかっぱではなかったけれど、短い髪もどこか男らしさを感じる。
顔立ちもとても整っていた。
どこかあの時の彼の面影を残しながらも、とても大きく成長し、大人になった彼。
頬が熱くなっていくのを私は確かに感じ恥ずかしくなって、目線も逸らしてしまった。
重たい沈黙。
こんな空気が流れるのはとても嫌だったけれど、この沈黙を自分で破ろうだなんて度胸は
今の私にはなかった。
「」
長い沈黙を破ったのは、彼が放つ私の名前だった。
その言い方は私がであるのかを確かめるような言い方にも感じ、私は恐る恐る彼の目をみた。
どこか答えを求めるような彼の表情に、私はこっくりと静かに頷いた。
「久方ぶりだな」
「…」
もう一度私はコックリと頷いた。
あんなに夢にまで見た蓮二が今、目の前にいるのに、私は話しかけることも出来ない。
これじゃだめだ、私は悔しく思い、スッと息を吸い込み
「久しぶり」
一言、そういった。
すると蓮二はほほを緩め、優しく微笑んだ。
久しぶりにみた、彼の笑顔。
私は安堵感を覚え、もう一度彼に話しかけようと思った。
「あの…どうして、ここにいるの?ここに戻ってきたの?」
「いや。残念ながらそうではない。
今日、部活でこの近くの学校と合同練習をしていた」
「へえ。でも今日クリスマスだよ?部活やってたの…?」
「ああ、随分練習熱心なんでな、うちの部活は。冬休みもほとんど休みがない」
「そっか、大変なんだね」
私も勇気をだして、ゆっくりと微笑む。
心の中で、こんなときまで頑張っている彼に同情しながらも、
こんな日に合同練習してくれてありがとう!と特に誰かに向けているわけではないが、深く感謝した。
この長い歳月で、大好きな蓮二に聞きたいこと、伝えたいことが沢山できた。
なのに実際その人を前にしてみると、頭が真っ白になってしまい何も考えられない。
…いや、でも、一つだけ思いついたことがある。
彼に私の思いを伝えたい。
「好き」の二文字だった。
それはきっと、本当なら大きなリスクを伴う言葉のはずなんだけれど今のこの状況では関係ないこと。
だって、この機会を逃したら二度と蓮二に会うことも、話すこともできない。
振られたりしても彼から避けられるわけでもない。少しの間だけ失恋の味を味わうだけだ。
「この家も、飽きずにすごいものだな」
「えっ」
蓮二がそう私に話しかけた。
目の前の彼に告白しようなどと考えていたところにその張本人が話しかけたものだから私はひどく驚いてしまった。
いま、変な声ではなかっただろうか。小さな不安が頭に浮かんだ。
「前に見たときよりもさらに派手になった」
「…うん」
「それにしても綺麗なものだな。しかしこんなにたくさんの電球、電気代は半端ではないはずだ。
そうだな、一ヶ月あたり約…」
「え、いいよ。別に言わなくたって」
「そうか」
「へえ。でもこんなに沢山、とてもお金がかかるよ。
そうだな、一ヶ月あたり約…」
「え、あ。わかった。良いよ、言わなくても」
「ハハ、わかった」
彼はフッと可笑しそうにわらい、それにつられて私も笑ってしまう。
あの時の会話と酷似しているのが可笑しかった。
それは私たちが確かに私たちであることを示していて、大きくなって変わったしまった彼に対する不安を
やわらげてくれるようだった。
気がつけば、いつまにか蓮二は私の隣に立っていて、まっすぐに間の前のイルミネーションを見ている。
これもあの時と同じ。
蓮二が右隣にいること。
あの日、二人はここに立って約束をした。
けど、もうずいぶん昔の話だし、私は何も期待していなかった。
ただ、彼ともう一度となりに並び、この場でこのイルミネーションを見れたことだけで幸せを感じられた。
「」
「なに?」
そう答えても、次に彼の答えはなかった。
蓮二はなにも答えずただ黙っている。
おかしいな、と思い、どうしたの?と彼に問いかけようとした。
だが、次の瞬間彼が行動にでた。
私の右手を優しく自分の左手で繋いだのだ。
思わず振り払おうとしたが、グッと押さえ、彼を見る。
しかし、彼はさっきと変わらず、前を見ている。
「覚えてるか?」
優しい温もり。
「この家の前で、この場に二人立ち」
大きな手だったけれど。
「約束をした。今度、駅前のツリーを一緒に見に行こうと」
あの温かみは変わってない
「しかし俺はその後神奈川へ引っ越してしまった。約束を破ってしまった」
彼が私を見る。
と、途端に彼が走り出した、私と手を繋いだままで。
私は一瞬こけそうになるがこける暇もなくて、足を動かし彼に必死についていこうとした。
「れ、蓮二っ。何、どこにいくのっ」
「今からでも構わないか?もう随分日は経ってしまったが、今ならできる」
「れん…」
「見に行こう、一緒に。駅前のクリスマスツリーを」
思わず泣きそうになる私。
蓮二が、大好きな蓮二が今目の前にいて、いっしょにあの場に立って、そして彼は約束を果たそうとしてくれている。
こんなに幸せなことなんて、めったにない。
ありがとう、私がかすれる声で必死に一言、そういうと、彼はギュッと手を握りなおしてくれた。
私もそれに答え、蓮二の手を握りなおす。
それはサンタさんがくれた、クリスマスの最高の思い出。
そんなプレゼントをもらえたのに、ずうずうしいかも知れないけれど。
願わくは、彼が私の気持ちに頷いてくれますように……