?」

しかし、彼女の声は聞こえない。









囚ワレ










屋敷の中は複雑な造りになっていて、どの道を進めば良いか分からなかった。
どのグループも、初めてのこの建物の中では直感だけを頼りにして部屋から部屋へ移動していくのだった。

もちろん仁王もどちらにいけば一番早く庭へといけるのかわかるはずも無く、
廊下の中心で右に進むべきか、前に進むべきか迷う。

自分だけの意見を通していてはしょうがないので仁王は同じグループのの意見も聞いてみようとした。
、どっちに進む?」そう言いながら仁王は振り向くが、そこには彼女の姿は無い。


?」


もう一度彼女の名を呼ぶが、もちろん返事はない。
暗闇に重い空気が流れているだけだった。

右手に持っている懐中電灯でもと来た道を照らしてもの姿は見えない。
はぐれてしまったか、仁王はしょうがなく来た道を戻ろうと思った。
いつ、はぐれてしまったのだろうと考えながら、一歩、踏み出した。



その時だった。彼の目の前が途端に黒く染められた。

仁王は声を呑んだ。
慌てて右手に持っている懐中電灯は右に左にと動かすが何も照らし出してはくれない。
見えるものは自分の体だけ。
360度見渡してみても瞳は何も映し出してはくれないのだった。

次の瞬間に今まで真っ黒の世界がとたんに真っ白の世界へと変化した。
何かが強く光っているような感じだった。

彼はその光の刺激に耐え切れず強く瞼を閉じる。
しだいに光は薄れて、再び黒く染められていくのが仁王はわかった。



恐る恐る、瞼をあげる。

映し出された景色は建物の中だった。
首を動かし、周りを確認する仁王。変にものが散乱しているが、家のつくりはさっきまでの屋敷のようだった。
しかし、さっきまで彼自身がいた場所と違う。仁王はさきほどまで細い廊下の中にいたのに今は
小さなの部屋の中に立っている。

「どういう…」

思わずそう呟いた。
何が起こったのか彼には理解できない。急に目の前が真っ暗になり、かと思ったら眩しく目の前が光り、そして気がついたら
知らぬ部屋のど真ん中に立っている。

賢い仁王も、この思わぬ事態には愕然とするしかない。


しばらく状況をつかめずに立ち尽くしていた彼だったが、このままではどうしようもない。
そう思い彼はこの部屋から出ようと扉へと動き始めた。


ゴッという音と共に扉が枠からはずされていくのが分かる。鍵はかかっていないようだ。
先に見えるのはまた見知らぬ部屋だった。物置だろうか、たくさんの箱が積み上げられ、物であふれかえっている。


そっとその部屋に足を踏み入れれば、埃っぽい空気が漂ってきた。
とても不快に感じた仁王は、早くこの部屋から抜けようと思い、さっきの部屋に引き返そうとも考えたが、あの部屋に他に扉はない。

しょうがない、この部屋にきっと違う部屋に通じる道があるはずだ。

そう思い、仁王は部屋の奥へと入った。


部屋の中を一通り確認してみるが、扉はないようだった。
どうしたものか…、と仁王は溜息をつき、ふいに自分の右へと目線をやる。

棚の上にある大きめのカメラが目に入った。
明らかに自分達が使うようなデジカメではない。ずいぶんと古ぼけた蛇腹式のもの。
だが、ただ古い物でもなく、どこか変に感じた。全体に何か呪術的な彫金がほごこされている。


仁王はそのカメラを恐る恐るもちあげてみた。ずいぶんとずっしりした重みを感じる。
自然とファインダーをのぞく。少し視界が汚れているが壊れてはいないようだった。

しばらく、ファインダー越しに周りを見ていたが、こんなカメラをいじっている場合ではないと仁王は思い出す。
カメラを戻すためもう一度元有った場所をみると、クシャクシャになった紙を見つけた。

反射的に仁王はその紙を手に取り、内容に目を移す。

一番上には、【射影機という写真機】と書かれている。
仁王はさらに読み続けた。






この写真機は、本来は見ることの出来ないありえないものを映し出す「射影機」というものだ。
麻生邦彦という異界研究者が作り出したものらしい。が、彼は失踪してしまいこの射影機についてもあまり知られなくなった。

なんでもこの射影機は残留思念や霊を映し出す以外にも、撮影することで除霊に近い効果を発揮するらしい。
しかし、それは同時に撮影したものとの関わりをもつことともなり、
扱いには十分に注意しなくてはならないようだ。





何をばかげたことをと仁王は思った。
何が霊を映し出すことだできる、だ。そもそも霊なんていないではないか。

彼はそのままその紙と射影機…というカメラをもとに戻そうとしたが、とたんに何故か置いてはいけないような気がした。
何故かはわからない。直感がそう告げているのだ。
どうしたものか。
仁王は少々戸惑ったが、考えた後、このカメラをもっていくことを決意した。

この屋敷の雰囲気に俺は恐れているのだろうか。
そんな自分を情けなく思いつつも、彼は両手でしっかりと射影機を抱えた。



気づくと、射影機に付属していた小さなフィラメントが、青白く光を放っている。
何だと思い、フィラメントの反応を注意深く観察してみると、定まった方向に強く反応をしめしていることを発見した。
彼が反応をたよりに一歩一歩と歩いていくと、部屋の片隅についた。

ここに何があるというんだと不思議に思い、もう一度自分の周辺を見渡す。
すると真下に正方形に切れ目が入っている部分を見つけた。取っ手もついている。

開けられるだろうか、そう思い取っ手に手をかけぐっとひっぱるが
鍵ではない、何か強い力がかかっているようで開けられない。


仁王は困った、もしかしたらこの下にはしごがあるかもしれないのにその道さえ閉ざされてしまったのだ。
どうしたら良いか分からなくなった仁王はふと射影機を見る。
フィラメントは真下に強い反応をしめしている。

彼は藁にもすがる思いで、試しにファインダーを覗き込む。
一歩下がり、フィラメントが反応を示す蓋を全て移せるように範囲を調節する。


こんなことで蓋が開くようになるとは思っていなかったが、
さっき読んだ紙切れの内容を思い出し、仁王は軽くシャッターを押した。



仁王はファインダーから目を離し、カメラから写真を抜き出した。
ゆっくりと真っ黒から像を結ぶ一枚の写真。
おかしい事に仁王は気づく。像のど真ん中に炎が燃えているさまが見られる。
さらに、白黒写真のはずなのにその炎だけは青白い色が付けられていた。

とりあえず写真をポケットにしまい、取っ手に手をかけ、上へと持ち上げる。

開いた。

射影機のおかげだろうか、仁王はそう感じた。
まさか、こんなカメラがそんなすごい能力を持っているとは思えないが、これで撮影したのち
蓋が開いたのは確かだ。

仁王はますます射影機を置いていくことはできなくなった。
このカメラがあれば、何か後々役に立つかもしれないと思ったからだ。


穴の中を覗き込んでみると、そこには下へとはしごが伸びていた。
しめた、仁王はそう思い、射影機を抱えながら、はしごを降りた。





「あー!仁王先輩!」

「仁王、良かった無事か」



下の階におりれば、誰かに見つかった。
声で誰か判断できる。

切原と真田だ。



「なんね、他の奴らは?」

仁王はすぐさま彼らに問いかけた。
すると二人はそろって首をふった。


「それが居ないのだ」

「さっきまで丸井先輩とジャッカル先輩とは一緒に居て、どっちが先に扉の先に行くか競ってたんですよ。
 でも、急に目の前が真っ暗になって、そしてすぐ眩しくなって…、気がつけば知らない部屋に、副部長と」

「丸井とジャッカルは何故かいなかった、理由は分からんが…」



それは仁王が体験したさっきの状態と酷似していた。
自分だけではなかったのか…、仁王は驚いた。

真田らもそれを体験している、そしておそらく丸井らのグループも、も…。


ますます状況整理が困難な状況となった。



「ひとまず、この屋敷からでよう。状況がどうもおかしい」

「他はもう異変に気づいて外にいるかもしれんしな」


真田はああ、と頷いた。
今はそれがきっと一番の方法のはずと誰もが思っていた。


三人はそのまま廊下を走った。すると、ここは初めに居た廊下であることに彼らは気づく。


「仁王先輩、このままいけば」

「ああ、外に出られる」


記憶を頼りに、廊下を奥へと進む三人、すると、外とをつなぐ戸が見えてきた。

急いで、戸に手をかけ、横へひく。
が、動かない。

外れているのだろうか、そう思い精一杯力をこめるが、ガコガコと音がするだけで戸は開かない。


「マジかよ」


切原はショックで絶句してしまう。ここでも怪奇なことが起きてしまった。
さっきまであいていた戸が開かないなんて、あきらかにおかしい。
こんな古い屋敷、だれも住んでいないはずなのに…。


「どうしたものか…、鍵がかかっては外には出られん」

「だったら他のグループも外に出てないんじゃないッスか?きっとこの屋敷の中に…」

「俺達を探しちょるのかも、な」


正直、この薄気味悪い屋敷の中にとどまることは避けたかったが、
戸が閉ざされている以上、それ以外に方法はないようだ。

三人は気が進まないながらもこの屋敷を捜索することを決心した。






「きゃあぁぁぁ!」


怪しく静まりかえる屋敷に、とたんに不釣合いな音が響き渡った。
叫び声だ、女性の。しかもこの声の主は



っ」


そう、仁王とはぐれてしまったの声。
仁王はすぐさま声が聞こえた方向に駆け出した。真田と切原もただ事ではないと後を追いかける。


廊下を突き当りまで進み、扉を開ける。
この方向から声が聞こえたのは確かだが、もう声は聞こえてこない。
とりあえず仁王は歩きまわり、何か手がかりにならないかと探る。

ふと、壁の向こうから男性のような声がする。
この向こうにだれかいる!そう確信した仁王は壁を伝い、扉を探した。
扉はすぐに見つかった。仁王は戸惑いもせずすぐに扉を開けようとする。

が、鍵がかかっている。扉は開かなかった。


「…っ」


仁王は扉を己のこぶしで何度か叩くが、扉は開くはずもなかった。
痛恨の表情を浮かべるしかなかった、真田と切原もどうしようもできない。


「先輩、鍵穴のうえ、何か描いてありません?」


切原が鍵穴の上を指差した。確かに、何か模様が描かれている。


「その模様が描かれた鍵で開くのではないのか」


その通りだ。きっとこの模様…露草の花が描かれた鍵であくはずだ。
しかし、だからどうしろというのだろう。

鍵を探すなんて、時間がかかりすぎる。


「仁王先輩、これ、この模様とおんなじっすよね」

「…!おま、赤也、この鍵どうしたんじゃ?」


切原が仁王へと差し出したのは露草の花が描かれた鍵だった。


「あの、さっき叫び声を聞いてここへ来る時、何か気配を感じて後ろをみたら黒猫がが
 反対方向へ歩いてたんですよ。そしたらそこにこの鍵が…」


のら猫だろうか、いやしかし、この扉の向こうから聞こえる見知らぬ男性の声… こんな廃墟に…、いやまさか。


脳裏に疑問が浮かんだが、今はそんな場合ではない。

仁王は切原の手から鍵を奪い取り、鍵穴へといれた。
回せば、ガチャッと何かが外れる音と手ごたえ。鍵が外れた。

仁王はすぐに扉を開けた。





中には、台の上にが四肢をしばられ、目隠しされた状態で横たわっているの姿。
そしてその台の横には数人の人が。
はっきり確認できたのは、緑袍姿の老父と白い着物を着た男性の二人。
男性のほうは手に何か持っている。


!」


仁王らがのもとへ駆け寄ると、彼女は気を失いぐったりとしている。
驚いたのは、首元に何か焼けたような跡があることだ。

急いで彼女の四肢をしばる紐を彼らは解こうとする。

が、とたんに白い着物を着た男性が手にもつ物を振り、彼らに襲い掛かってきた。


「テメェ、何すんだよっ!」


切原が怒り男性に殴りかかろうとした。しかし、男性の姿へこぶしを当てても、何故か感触がない。
そのまま虚しく通り抜けてしまう。

切原は驚いて男性の姿をみる。よく見ると、彼の姿ははっきりとしたものではない。
どこか透けているように見える。


「幽霊、だ…。こいつ、幽霊だ」


切原は目の前の真実に目を白黒させ、怖気づきしゃがみこんでしまった。


幽霊、その言葉に仁王がさっきの記憶を辿る。
このカメラの下に置いてあった紙切れ。確かそれには、この射影機には除霊能力があると書かれていた。

恐る恐る射影機をみる。
付属しているフィラメントが男性にむけて、赤く反応している。


仁王はすぐさま射影機を男性に向けて構える。

男性の姿を中心に捉え、すぐさまシャッターを切った。

男性が後ろへはじき飛ばされた。彼の身体からでた小さな青い光が射影機に吸収される。
隣で真田が「それはいったい…」と仁王に問いかけているが、仁王は答える余裕もなかった。

この射影機というカメラは確かな物らしい。
あの様子だと男性が幽霊だとしたら確かに除霊能力がある。


仁王は唾を飲み込み、立ち上がりこちらに向かってくる男性に対してもう一度シャッターを切った。


幾度かシャッターを切ると、目の前の男性はうなり声をあげて消えてしまった。
目の前で人間が消える。それは彼は人間ではないことを物語っているのだった。

そんな彼の姿に、仁王らは怯えながらも、いつのまには先ほどいた数人の人も居なくなっていることに気づき、
急いでの元へと駆け寄った。


協力して彼女の四肢の紐を解く。が、彼女の意識は戻らない。


!起きんか!」

「目ぇ覚ましてください、先輩」


彼らの必死の呼び声が部屋に響いた。
すると、はうぅ…と声をあげ、ゆっくりと瞼を開いた。

三人の顔に安堵の色が浮かんだ。

が、はとたんに喉元を押さえて苦しみだした。


「大丈夫かっ?」

「に、にお…」


虚ろな瞳で、彼女は仁王の姿を見た。
大丈夫、そうは答えようとしたが、次の瞬間のど元にさらなる痛みがこみ上げ
彼女の口からは悲痛な小さい叫び声しか出なかった。

動揺した仁王は彼女の上半身を抱き起こした。
の首元には痛々しい跡が残っていた。


「何があったんじゃ?」


仁王がそう問いかけても彼女はただ苦しむだけだった。


真田はそんな彼女をみて、どうにか痛みを抑えることはできないか、と周りを見渡す。


台の上の彼女のすぐ後ろ…つまり、さきほど彼女の背中が敷かれていたところから紙をみつけた。

手に取るとそれは桜の模様が描かれた美しい紙だった。
何か書いてあるがこれはの筆跡ではないと真田は感じる。そして内容へと目を移した。







ついに西園寺邸へと迎えられた。

鸛の巫女に選ばれたと聞いてわたしは絶望したけれど、

儀式への準備は刻々と整ってきて、

明日には、露草の部屋で私の身体に刻印が刻まれる。

これできっと逃げることはできない。

ああ、優希さんに逢いたい…