「、!大丈夫かっ」
霊
「うぅ……っ…ぁ」
苦しそうな声をあげる彼女を見て、彼らはどうすれかも良いかも分からずただ狼狽するだけだった。
真田も見つけた紙切れをポケットに突っ込み、再び周りを見渡す。
ふと、切原は部屋の隅に御神水とかかれた硝子の瓶を見つける。すぐさま手に取りフタをあけて中の液体を確認する。
澄んだ水が入っている。腐ってはいないようだ。
こんないつ置かれたかも分からない水をに使うのには一瞬ためらったが、一見なんともなさそうだし、
唯一、彼女の首の跡が焼いたものだったら冷やさなくてはならない。
切原ははハンカチにその水をたらし、の元へ駆け寄る。
「先輩」
「…ぁう」
「少し手を緩めてください」
そう言って、彼女の手をそっとどかし、ハンカチを首にあてる。
一瞬、彼女は大きな苦痛の色を顔に示したが、すぐに穏やかな顔になった。
「あかや…」
今まで苦痛で空けられなかった目を開き、はこの苦しみをやわらげてくれた切原の顔をみた。
心配そうに自分を覗き込む切原の視線に、彼女は感謝の意をこめてそっと微笑んだ。
「…ありがと…」
「どうッスか、楽になりましたか?」
「…まだ随分痛むけど、…楽になった。だいじょーぶ」
そうっすか、と切原は息を吐いた。
さっきより幾分落ち着いた表情になった彼女に仁王も真田もひとまず安心し、彼女に駆け寄る。
「、何があった?」
仁王は憤りを抑えながらも、そう彼女に問いかけた。
彼女がいきなり襲われ首に何かを焼き付けられた。
おまけに、焼き付けた相手が、人間ではなく、あのカメラだけで攻撃することが出来る存在だということ。
あまりに現実からかけ離れていて、何を考えて良いか分からない。
「ご、ごめんなさい。私も何があったか良くわからないの…」
「どういうことじゃ?」
「その…、仁王とはぐれちゃって、私、屋敷の中を歩き回ってたの。仁王を探しに。
そうしたら、急に何かに押さえ込まれた気がする。そしてそのまま気を失って…」
しゅんとなって申し訳なさそうに話すに仁王は責めるわけでもなく、そうかと相槌を打った。
彼女自身も何があったか分からないらしい。
いったいどういうことなのか、謎はさらに深まるのだった。
「あいつら、何なんすか!いきなり先輩にへんなことして、それに、それに…」
「赤也のこぶしがすり抜けた、実体を持たないということか」
「ゆ、幽霊ッスよ。人間じゃありません」
「たわけが。幽霊なんぞいるわけがないだろう。しかし…」
真田もが言葉が続かずに、四人の間に沈黙が続いた。
仁王はとっさに、射影機と一緒にみつけた紙切れをみんなの前に出した。
しずかに内容を読んでいた彼らだが、すぐに信じられないとでもいいたいかのように仁王を見た。
「残留思念?……っつう…霊?…そんな…信じられない」
「除霊が出来るンすか?カメラで?」
「とても信じがたいな…」
「でも、さっきみたじゃろ?このカメラであいつらを撮ったらひるんだ。射影機、ただもんじゃないぜよ」
「…じゃ、じゃあ!そのカメラで攻撃することができたってことは、あいつらはもちろん幽霊ってことっすよね…」
三人は切原の言葉に、戸惑いながらも頷くしかなかった。
「さて、これからどうする?」
真田のその一言に仁王はをみる。
「動けるか?」
「…」
確かにさきほどよりは楽になった彼女。が痛みがなくなったわけではない。
常にジンジンと痛むし、少し身体を揺らすだけでそれ以上の痛みが襲ってくる。
とうてい歩けそうにもなく、彼女はううん、と小さく答えた。
となると、この屋敷から脱出することは不可能だ。
彼女を置いていくわけにはいかない。
「やっぱり他の先輩達を探すのが良いんじゃないっすか。状況がおかしいですし、皆まとまったほうが…」
「うむ。同意だ」
はこんな時に足を引っ張る自分に悔しがりながらも、動くことも出来ず、ただ会話を聞いた。
そんな彼女の心境を察したのか仁王は彼女の横に座り、ぽんと彼女の頭に手をおいた。
仁王の優しい温かみに、彼女は心身ともに楽になった気がした。
「では、俺と赤也でこの屋敷の中を探索してくる」
「え、俺もッスか!?」
「俺一人では効率が悪いだろう。なんせこんな広い屋敷だ、人数はいたほうが良い。
しかし仁王はを見てやらねばならぬしな」
「そ、そんな!こんなわけの分からない屋敷を歩き回るなんてごめんッスよ!」
「たわけ!それでも男か!!」
真田の言葉に、切原は何も答えられず、顔を青くしながらも真田と部屋を後にした。
外に響く虫の声が、ひどく不気味だった。
「ほんっと、広いッスね、この屋敷。迷子になっちゃいそう」
切原がそうポツリとつぶやくと、真田もうむ、と頷いた。
ただただ屋敷の奥へと足を進めながら、二人はやはり違和感を感じていた。
入ったばかりは少し蹴っただけで折れてしまいそうなほど腐敗した柱が今ではまだ新しいように見える。
そしてまるで何か事件が起こったかのような散らかりよう。
それは二人をさらなる恐怖に誘うのに十分だった。
無言のまま歩く二人。その時、空気がとたんに冷たくなった。
悪寒を感じる、二人は意味不可解な状況にただ目を見開くしか出来なかった。
何かが廊下の奥から不気味な雰囲気を携えてやってくるのがわかる。
二人はすぐさま物陰に隠れ、息を潜めた。
何かが近づけば近づくほどに、周りの空気が冷たくなるのが分かった。
そっとあちらをのぞけば、何故かボロボロな派手で紅い着物をきた女性が何かを探し求めるように歩いていた。
ただその女性も普通ではない。身体がなぜか薄く青く発光し透け、移動したあとには残像がある。
間違いない、霊だ。
二人はそう確信し、震え上がった。
「さなだふくぶちょ」
「しっ。だまってろ」
息を殺し、ただ身を潜め、見つからないことを祈った。
そんな中、あちらのほうから声が聞こえる。あの女性が発しているのだろうかと二人は同時に耳を澄ます。
「儀式………想い…、………成功……しなければ…」
小さな声なのではっきりとは聞こえない。しかし、かろうじていくつか聞き取ることはできる。
儀式とはなんだろう。想いとはなんだろう。
二人に疑問が過ぎるが今は隠れることに必死だった。
しだいに、気配が遠のいていく。空気もやわらかくなっていった。
もう一度あちらをのぞけば、派手な紅い着物姿の女性もいなくなっていた。
真田は立ち上がり、注意深く周りを見渡す。まだ気が動転しているのが自分自身分かった。
しかし、冷静さを失うことはいけないことだと自分に言い聞かせ、まだ怯え震える切原に大丈夫だ、と告げた。
「何なんっすか、今の。また幽霊ッスよ!この屋敷、本当にどうにかしちゃってるッスよっ」
「落ち着け、あまり声をあげるな赤也。動揺してはならぬ」
周りに気配がないことを確認すると、真田は息を吐いた。
あまりに非現実的なことが繰り返され、二人は狼狽するしかなかった。
今まで幽霊なんて誰が信じただろう。
幽霊が怖いなんて、子供の思考にしか過ぎないように感じた日常。馬鹿げたことを、と鼻で笑えた。
しかし、今、目の前で繰り広げられているのはその子供の思考を現実にしたもの。
さんざん馬鹿にした世界がこの身に降りかかっているのだ。一回なら幻覚だと流すことも出来た、
しかし二回も幻覚なんてみるはずが無い。
「何が起こっているんだ…」
「あ」
切原が一点を見つめ、小さく声をあげた。
視線を辿れば何か紙が落ちている。
二人はしずかにその場へ行き、紙を拾い上げる。
淡い赤色の紙をした紙だった。
つい鸛の巫女…華が迎えられ、刻印を刻まれた。
彼女は檻の中で泣いてばかり。想い人を想っているのだろうか。
酷く悲しむ華の姿に胸騒ぎがしてならない。
何も起こらずに、儀式が成功すればいい。
失敗は許されぬ。例えどんなことがあろうとも。
「儀式……、さっきの女とはいえ、この紙といえ…それに、の背後に置かれたあの紙…。
儀式とは何を意味しているんだ」
「さっきの女、成功しなければ、とか言ってましたよね?これから儀式が行われるってことッスか?」
「確かに。しかし、幽霊がなぜ…?」
ふと、の姿が浮かんだ。
四肢をしばられ、何か刻印をきざまれた彼女。
まさか彼女も何か関与しているのだろうか?
沢山のことが頭の中を駆け巡る、疑問は尽きることがなく沸いてくる。
ふと、うしろに気配を感じた。二人はとっさに振り返り、その気配の本人に目を疑う。
真っ白な着物をきた女性。
長い髪を揺らし、こちらを見ることなくただ前を見据え歩く。
そして何よりその女性の顔は
「先輩…?」
仁王とともに露草の部屋で待機しているはずのだった。
「どこへゆくのだ、!」
急いで彼らは彼女らしき人物の後を追いかける。
二人は懸命にの名前を何度も呼ぶが、彼女は聞こえぬかのように変わらずに前を見据え歩く。
しばらく歩き、扉の前に差し掛かるとらしき人物は途端に足を止めた。
二人も反射的に足を止める。
するとあの女性は扉をすり抜け、壁の向こうへと消えてしまった。
大きく目を見開く二人。
まるで『幽霊』のように壁を通り抜けてしまった彼女を見て。
それはどういうことを示しているのか、彼女が幽霊ということだ。
「そんな、先輩が」
「霊…なの、か?」
「まさか!先輩はちゃーんと生きてますよ!さっきまで一緒にいたじゃないスか!」
「ならばあの女性は誰だ?あの顔立ちは…だった」
「きっと見間違いッスよ!」
切原はそういうと、彼女が消えた扉へと走り出す。
が幽霊なわけない、きっと何かの間違いだったんだ。
そう信じ、扉に手をかける。
が、
「うあぁああぁああぁぁぁ!」
扉の向こうから男性の太い叫び声が聞こえた。
彼らから血の気が引いた。
この扉の向こうで何かが起こっている、間違いない。
もしかして、さっきのらしき女性が何かやったのだろうか?
今にもこの場から逃げ出したくなった。しかし、ここで逃げてしまっては何も進展はないだろう。
切原は震える手に力を入れて、扉を開け放った。
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