「柳生先輩、柳先輩!」


部屋の中に居たのは驚いたような表情の柳と、口元を押さえてその場にしゃがみこむ柳生だった。









狂気









「おい、柳生!大丈夫か!?」


真田は柳生の異変にすぐに気づきすぐさま彼に駆け寄った。
彼の顔色は最悪だった。


「どうしたんだ?いったい何があったんだ?」


真田がそう問うても柳生はただ荒い息で「うぅ…」と苦しそうな声を出すだけで何も答えない。
そんな彼の様子に真田はそれ以上柳生に問い詰めることなく、落ち着くようにと背中をさすってやった。




「柳先輩…までそんな驚いちゃって…」

「…あ、ああ。すまない、目の前で起こった現象があまりにも不可解すぎて…」


柳はそういうと、柳生のほうをみた。
この部屋の中で何かあったんだ、切原はそう悟り何があったのかと口に出しそうになるが、
もしも自分の一番恐れていることだったらと考えると、
それ以上疑問を柳に投げかけられなかった。



「蓮二、この部屋に誰か来なかったか?」

「…っ」 

切原と打って変わり、冷静に場の状況をとらえようとする真田の言葉に
蓮二は驚いた様子をみせた。間違いない、この部屋にだれか来たのだ。


「…その誰かが、わかったか?」

「……」

「まさか…」

「…、弦一郎も見たのだな…。……あれは、確かに…だった」






**********



さかのぼること、数十分前。肝試し開始直後である。
柳・柳生ペアもせっかくのレクなのだからと張り切って屋敷を探索していた。
すると、仁王と同様に、とたんに目の前が暗くなった。


「柳君っ」

「なんだ、これは…?」


と、とたんに目の前が一気に明るくなる。
反射的に二人は目を閉じた。そして例によって次に目を開けたとき、彼らの目の前に広がるのは、ついさっきと違う光景なのだ。


「ここは…どこでしょう?」

「さっきと場所が違う。しかし、同じ屋敷のようだ」


柳は冷静に周りを見回す。
同じ屋敷、とはいっても、さっきと随分状態が違った。


「にしては、さきほどと様子が違うな。ずいぶんと荒れている。しかし木の状態からしてまだ屋敷が新しいように見える」


柳生は柳のいうことを素直に聞くも、もちろん理解ができるはずが無くただ「そうですか」と相槌を打った。
同じく周りを見渡してみる。確かに柳のいうとおりである。
では、なぜ一瞬の間に様子が変わってしまったのだろう。そんなの可能なわけがないではないか。
柳生はそう思った。

しかしこれは夢ではない。確かに目の前で起こっている。


「他の人たちはどうしたのでしょうか?気配が感じられません」

「あぁ、おかしいな。さっきまでそんな離れていたわけではないのに」


柳はそういうと足を動かした。
ここに留まっていてはどうにもならない。周りの様子を把握しなくては。

そう思ったのだろう、引き戸に手をかけた。
柳生も彼を追って部屋からでる。廊下に出た。


二人は注意深く周りを伺いながらも道に沿って歩いていく。
途中、下に続く階段があり足元に用心しながらも彼らは一段一段下った。

ギッギッと木の軋む音が不気味周りに響く。



と、二人にとたんに悪寒が走った。
いきなり周りの空気が重くなる。二人は気味が悪くなりあたりを見回す。
しかし、二人は一点に視線を向けた瞬間、思わず動きを止めた。

後ろから階段を下り、近づいてくる。
ボロボロで派手な青色の着物をきた女性が。


柳と柳生は恐怖に震えあがった。
その女性は薄く青く発光し透けているのだから。

恐怖で固まる二人はただその女性を見る。
すると彼女が髪の隙間から瞳をみせた。それは尋常じゃない、狂気を含み満ちた瞳。

危ない!本能でそう判断した彼らは我を忘れるほど急いで階段を下り終え、廊下を走った。
後ろを振り返る暇もなく、ただ、あの女性から距離を置こうとした。


懸命に走ると扉があった。二人はすぐさま扉をあけ、部屋の中に隠れる。
扉を急いで閉め、扉を棒で開かぬように塞ぐ。


柳と柳生は動揺しながらもはあと息を漏らした。
二人は顔を見合す。


「やなぎ…くん」

「なんだ今の女性は、狂気に満ちた…恐ろしい」


二人はそう交わすと、再び扉に目をやる。
緊張の糸をピンと張って次の事態に待ち構える。


あの女性はいったいなんだったのだろう。

なぜこんな廃墟にいたのだろう

なぜ薄く青く発光して、透けているのだろう。

なぜあんなにも狂気に満ちていたのだろう。


疑問が次から次へと頭を駆け巡りながらも、息を潜めていた。


しばらくの間、そう待っていたが、一向にさきほどの気配が感じられない。
うまくやり過ごせたのだろうか、二人はそう思い、緊張の糸を切った。


そう、その瞬間だった。


二人は再び目を疑った。

扉に、ぽやーっと何かが溢れてくる。
白い着物を着た先ほどと違う女性が扉をすり抜けて部屋にゆっくりと入ってきたのだ。



そしてその女性の狂気に満ちた顔は


にそっくりだった。



柳と柳生は逃げることもできず、ただ目を見開いて彼女を見た。

するとその女性は二人をゆっくりと見た後、柳生に近づき…。




**********




「それからどうなったのかは覚えていない。ただ柳生の叫び声が聞こえた。
そして気づいたときには柳生が…」


柳はそう小さく真田にいった。
この柳の様子から、きっとただ事ではなかったのだ。真田はそう判断し、それ以上は追及しなかった。


「赤也、柳生は?」

「た、多分大丈夫だと…」


確かにさっきより柳生は落ち着いたように見えるが、まだ顔色が悪い。
真田は柳生に歩み寄った。


「どうだ、気分の方は?」

「…えぇ、おかげさまで大分落ち着きました」


そう痛々しい笑みを柳生は浮かべた。

真田はどうしたものかと考える。
第一気になるのが、あの霊の姿がそっくりだったということだ。
まさか、彼女自身ではないだろう。なぜなら今、仁王とあの部屋で待っているはずなのだから。


ここは一旦彼女の様子を伺うべきだ。

真田はそう結論をだした。



「柳生、動けるか?」

「…はい、なんとか…」

「え、真田副部長、どうするんッスか?」

の元に戻ろう、あの霊が本当にかどうか確かめたい」

「弦一郎、彼女の居場所を知っているのか?」

「ああ、今は仁王と二人で別の部屋に居る。さきほど、彼女が何者かによって首になにか印を焼かれた。
 幸い、今は落ち着いているが…。何か関係があるのだろうか?」

「……、とりあえず、今の彼女の様子を知りたい。つれてってくれ、弦一郎」



うむ、弦一郎はそう頷く。そして四人はこの部屋を後にした。



に刻まれた刻印。

屋敷を徘徊する霊。

そしてその霊の一人が彼らといつも一緒の


次から次へと襲い掛かる現実は、彼らにとってあまりにも不可解なものだった。
しかし、まだ序章に過ぎない。
始まりでしかないのだ。