私は走っていた。





息はもうとっくに上がっていて、正直つらい。今すぐにでも休みたい。
しかし私は本能的にそれを拒んだ。
止まってはいけない、なぜなら私は逃げているのだから。





                       「寂しい…よ」


        「いやだ、死にたくない…」


                          「なんで私が…」





自分の荒い呼吸の音とともに耳にはいる女性の声。
発生源はわからない、私が逃げている「何か」から発せられているのだろうか?
そして不思議なことに、それはエコーでもかかっているのかと思うくらい幾度となく私の鼓膜を振動させる。
不気味な感覚に、私は更なる恐怖を覚え耳を塞いだ。


「きゃっ」


急に足の自由が利かなくなった。
咄嗟に足元をみる、液体のようなゼリーのような何かが私の足を包んでいる。
足に感じるひんやりとした感覚に私は吐き気を覚え、必死にそれから足を抜こうとした。
しかし、それは抜けるどころか下から上へとさらに私の身体を包んでいく。
くるぶしから膝へ。膝から下腹部、そして胸元に。


「いやあああ!やめてぇえ!」


泣きながらそう叫んでもそれは動きを止めずにさらに私を侵食していく。
そして抵抗もむなしく、遂にそれは私の身体を完全に覆った。

息ができない。
それよりも、何かが私の中に入ってきているほうがよっぽど苦痛だ。



!」



遠くで私を呼ぶ声が聞こえる。
けど私はもう動く気力すらなかった。








笑ミ







!」


はゆっくりと目をあけた。すぐ隣を見てみれば、仁王が心配そうに自分をのぞいている。
いったい何があったのか…そうだ、私は!
はそう思い、慌てて横になる上体を起こし、自分の体をみる。何も無かった。
今のは…夢だったのだろうか?



「大丈夫か、?」

「に、おう」


未だに脳に霞がかかったような状態、それなのに変に脳裏に焼きついたあの夢には泣きそうになり。仁王に手を伸ばした。
仁王はそんなに大丈夫か、と再び声をかけ、手をにぎってやる。


「ずいぶんうなされとったぞ、どうかしたんか…?」

「私…」

「ん、どうした?」

「寝てたの?」


そう問えば彼はコックリと頷いた。
そうか、私は寝てしまったのか…、つまりアレは夢。
そう思うと一気に安堵に包まれたが、同時に罪悪感が溢れた。
こんな危機的な状況で私は何をのんびり寝てしまったのだろうか。
確かに、合宿はずいぶんきつい。朝は朝食作りに早く起きなければならないしお昼は休む暇もない、
夜もいろいろやることがある。
でも、こんな状況で…何故寝られたのか。



「お前さん、おかしかったぞ。
 俺と話してる最中にいきなり寝て。というか、寝るっちゅーより気を失った、って感じじゃ」

「あ…」


思い返してみれば確かにそうだった。
私は首の痛みに耐えながらも仁王とこの状況について話していたのだ。
そしてふと気がつけば、自分は何かに追われ逃げる夢をみて、そして目覚めた。
いくら治まったとはいえ、多少は首の痛みを感じていたはずだ、睡魔に襲われるわけがない。

まさかさっき首を焼かれた時に変な薬でも飲まされてしまったのか…



はもっと詳しく仁王に聞こうと、口を開いた。
が。


部屋の外から人の気配を感じる。
二人は反射的に扉の方を見た。まさか、また霊が襲ってくるのだろうか。


「におうっ」

「シッ!大丈夫じゃから…」


ぎゅっと強く手を握ってくれる仁王に多少の安堵は感じたものの、やはり抑えようのない恐怖に
は身を縮めただ怯えた。

少しずつ近づく気配。
二人は唾を飲んだ。



先輩!!」

「あ、赤也!」


ドアを開け勢いよく入ってきたのは切原だった。
二人は違う意味でびっくりし、言葉もでない。しばらく固まっていると、後から真田や柳生、柳も二人のもとに駆け寄ってきた。


先輩、生きてますよね!?間違いなく生きてますよね!?」

「え、え?」


まだ生気はあるのかというふうに頬をペタペタ触ってくる切原に彼女はさらに困惑した。
周りの様子も伺ってみれば、この部屋に駆け込んできたあとの3人も心配そうにを見ている。


「副部長、先輩、ちゃんと生きてます!」


そんな当たり前のことをわざわざ真田に報告してどうするんだ、そう考えると仁王をさて置き、
他の四人は胸を撫で下ろしていた。



「よかった、 皆、心配したのだぞ」

「なんらお変わりのないようで何よりです」

「ああ、これでとりあえず一安心だな」



首を右往左往振り、狼狽する
何を皆自分のことを心配してるのだろう?
刻印を刻まれたことだろうか、そう彼女は考えもしたが、それならなぜ真田と切原に改めて心配されなくてはならないのだろうか?
そんな悩むの様子を察し、仁王は口を開いた。


「そんないきなり、なにがあったと?なら当然生きてるぜよ」


そう仁王が彼らに問うた瞬間、四人は表情をこわばらせた。
どうしようか、とでもいうようにお互いの顔を見合う彼らに何かあったに違いないと仁王は確信した。



「どうかしたんか?」

「べ…べつに何もないッス!ただ、あれから先輩大丈夫かなって思っただけですよ」


笑みを浮かべいっぱいいっぱいに説明する切原がうそをついていることくらい分かった。
他の3人を見ても、「そうだ」と口を同じくしている。
俺たちに知られてはいけない何かがあったのか。
一瞬彼らをさらに追及しようとも仁王はしたが、あの真面目な真田たちでさえも隠そうとしていること。
なにしろこんな状況だし、もしかしたら知らないほうがいいのかもしれない。
そう思い、仁王はそれ以上なにもしゃべらなかった。


「…さん?首のほうは大丈夫ですか?ずいぶん痛々しく焼かれていますね」

「え、あ。そういえば」


は慌てて首元に手をやった。思えば、首が痛まない。
起きてからいままで、夢のことやらなんやらで首を焼かれたことを気にする暇がなかった。
眠りに落ちるまであんなに痛んだのに、彼女はそう思い焼かれたところを指の腹でなぞる。
他とは違う、ざらざらとした感じ。確かに跡がある。
しかしそれにしては痛みをほとんど感じない。
なんでだろうと不思議に思いつつ、彼女は「大丈夫だよ」とみんなに言った。


「大丈夫ではないだろう。そんなに赤黒い色をしていながら」

「ううん、ほんとにもう平気。いつの間にかすっかり痛みがひいちゃった」


そんなあっさりと痛みがひくものなのか、そうは思いつつも、彼女が平気ならなんの問題もないように
彼らは思い、「ならいいのだが」と彼女に言葉をかけた。
そんな中、切原はまだ心配そうに「ホントッスか?無理しちゃい駄目ッスよ!」としつこくに何度も同じことをいう。
彼女は本当だよ、と苦笑いを浮かべた。






ふと導かれるように彼女は小窓に目がいった。から笑顔が消えた。






急にカタカタと震えだしたの異常な様子に切原は彼女の表情を見た。
大きく目を見開き、1点をただ見つめている。

「どうしたんスか?」切原はそう良いながら、背後を見た。







小窓から手がぶら下がっている。







屋敷の外から中へと手をのばしているようだった。
血の気をまったく感じない、白っぽい手は、何かを探しているかのように右に左に動いている。




「うわぁああ!!」




切原は思わず叫び声を上げた。
他の4人はその声になにごとかと切原をみる。
彼としそしてが恐怖に満ちた顔で何か見ている。
嫌な予感をするものの、彼らも同じように視線の先を見た。


「!!」

「っ」


言葉を出さずとも、同じように目を見開いた。


すると、白っぽい手は動きをいきなり止めた。
どうしたのだろう、そう彼らは思い手から眼が離せずただ見ていた。












「 み つ け た 」











手の奥にいきなり人の頭が現れた。
見知らぬ男性である、未だ行方不明の丸井たちではない。

その男は一言そう放つと彼らをぐるんと見渡し、満足げに笑みをこぼした。




「きゃぁぁあああ!!」



の叫び声をきっかけに、彼らは我を取り戻した。

怯えたたずんでいる場合ではない。
彼らはすぐさま逃げようと扉をあけた。今すぐアレから逃げなくてはならなかった。
全員が部屋の外に出たのを確認して乱暴に扉を閉めた後、らは廊下を半端ない勢いで駆けた。

部屋から部屋へ、当てなどなくパニック状態の彼らは走り続けた。



しばらく走った後、先頭をはしる真田はさらに扉に手をかけた。
開けようと引いてみる、しかし開かない。
何度も引いて押してを繰り返すものの、どうやら鍵がかかっているらしく開けることはできなかった。


「真田!早く開けて!」

「早く逃げないと俺らっ!」

「俺だってそうしたいわ!しかし開かぬのだ、鍵がかかっている!」



そんなら、こんな扉ぶち壊しちゃいましょうよ!
切原はそう言うと、体当たりをかまそうとする。
しかし、そんな彼を柳が背後から止めた。


「ちょっと待て、赤也」

「ああ!?何ッスか!?」


静かに自分達が来た後を見つめる柳。
周りも彼に釣られ、口を閉じた。



「アレは追ってきていないようだ」

「え?」



柳はそう一言いうと、しずかに元来た後を辿り、曲がり角から身長におくの様子を伺った。
そして、彼らのほうに向き直り、


「もう大丈夫だ」


そういった。















どうすれば、怖い、と思えるような小説を書けるのか模索中です。