窓ガラスにつつーっと指を滑らせた。
十字路の信号待ちをしている車の中で、エンジンの音と振動を感じながら外の様子を伺う。
もう太陽が沈んだ東京の街だが、店や看板、街灯の光のお陰で、何不自由なく観察できたのを良いことに、
俺は特に理由があるわけでもなくずっとそうしていた。。


ふと目に入った、並んで道路を横断する男女。
高校生…ぐらいだろうか、仲良く一緒に下校中とでもいったところ。


「恋人同士ねえ…」


ぼそ、っと独り言を呟いて、隣に座る彼女を見た。
日ごろの疲れがたまっているのか、高級皮シートの座り心地が良かったのか、はスヤスヤと寝息を立てている。












今も昔も変わらないで、あの頃













文化祭の準備が予想外に長くなったといって、最終下校時間も過ぎたころに一人で帰ろうとするを見つけたのは数十分前のこと。
下駄箱で携帯の画面を覗き込みながら立ち止まる彼女にそっと近づけば、驚いたような目でみられた。




「…跡部先輩」


「今帰りか、


「はい、代表者会議が予想外に長引いて…」


「一人か」


「…クラスの子はとっくに帰っちゃいましたから」




チャンスだ、俺は携帯を平然とポケットにしまいこむ彼女を見て、そう思った。
はこれから、この暗くなりかけている中を一人で帰っていく。
そして俺は紳士として、いや紳士を装ってするべきことがあるのだ。


俺はカバンをもつ手を肩に掛けなおし、小さく息を吸った。




「じゃあ、一緒に帰るぞ」


「えっ」


「こんな暗いのに、女を一人で帰らせるわけにはいかねえだろ」






紳士なら当たり前の行為だ、なんていうオーラをかもし出しながらも、もちろん実際そんな綺麗な理由ではない。


ただ、と一緒に帰りたかったから。それだけ。


なんて女々しいんだ、俺は自分のあまりの情けなさにどうしようもなく耐え切れなくなり、頭をボリボリと乱雑にかいた。
すると目の前の彼女は、大きく開けた口を一度結んで、唇を尖がらせた。




「先輩、私のこと女だと認識してくれてたんですね」




以外です、とでも訴えるような目で俺をみる彼女はふざけているのだろうか。
そりゃ確かに、部活中はお構い無しにやれドリンクが濃いから水で薄めろだの、部室にあるスコア表10秒以内にもってこいだの言ってたような気はするが。
しかし。




あたりまえだろ。
お前のこと女として認識してるから、こんなふうに一緒に帰りたいだとか女々しいこと考えてんだよ。




「…せんぱい?」


「…、ほら行くぞ」



何も言葉を返さない俺を疑問に思ったのか、は、まじまじと目を見開いて俺を見つめる。
彼女のアーモンド型の瞳に心の内を読み取られてしまいそうになった気がして、俺は慌てて
彼女の背中を校舎の外へと押していった。






外で待たせていた車に二人で乗り込み、運転手にいつもとは違う行き先を告げた。
鞄を横に置き、シートに深く座り込むと、どこかソワソワと落ち着きのない彼女の様子に気づいた。



「どうした?」


「いや、その何だか久しぶりだなと思って」



照れくさそうに俺から目線を逸らすの姿は数年前と何も変わらない、背もたれに身を預けながらぼんやり感じた。



「幼稚舎のころもこうやって先輩に送って貰ってもらいましたよね」


「ああ…あったな」


「仲良かったですもんね私たち。よく先輩の家に遊びに行った気がします」




中等部に入る前はイギリスで過ごした俺だが、実は半年間だけ氷帝学園の幼稚舎に通っていた時期がある。
そんな時、たまたま出会い親しくしていたのが、この目の前にいるである。
俺は数年前の記憶をぼんやりと思い浮かべながら話を続けた。



「その度にピアノを弾いてくれって煩かったなお前は」


「先輩のピアノ好きなんです私っ。あ、あとオペラにもつれてってもらいましたよね」


「お前から誕生日プレゼントだって手作りのマドレーヌ貰ったりもしたな、粉っぽかったぞアレ」


「ご、ごめんなさい…」


「今は上達したか?」


「え、いや、さあ…どーでしょうね、ハハ。…あ、先輩の家でうっかりお昼寝したこともありましたよね」




そんなこともあったなあ、と俺は彼女に答える。
一人っ子である俺にとって一つ年下のは、まるで妹のような存在だった。
そんな彼女にいつの間にか淡い恋心を抱くようになってしまったのは、どうしようもないことだろう。



「なんか、恋人同士みたいでしたね」



俺は柄にもなくドキッとしてしまい、慌てての様子を伺う。
何も変わらない、ただ普通に笑みを浮かべ話しているだけ。



「若気の至りってやつですね。いやあ、私も若かったなあ」


「今でも十分若いだろーが」


「でも今じゃ出来ませんよねー、小学生だったから周りの目も気にせずに遊べたんですから」


「…」


「今やったら先輩のファンクラブの人に殺される…っ」




ハハっと乾いた笑みを浮かべ、遠くに目をやる





「なら、またあの頃みたいになるか」





ぽろっと零れた本音と言うか、なんと言うか。
俺は慌てて口を閉じたが、時既に遅し。彼女は目をまん丸に見開き俺を見つめる。
いやです、と丁重にお断りされるのだろうか、と緊迫した空気の中考えていると、はさっきと同じ笑顔になった。




「やだなあ先輩。冗談やめてくださいよ」




ああそうだ。こんな感情抱いてるのは俺だけだ。
今のにとって俺はただの先輩。それ以上であるはずがない。















「ハッ、折角ならその冗談に乗りやがれ」



ついさっきまでのやりとりを思い出し、寝息を立てる彼女にそっと呟く。
そっと手を伸ばしの髪に触れてみる。ああ、何も変わっていないあの頃と。なぜかとても良い匂いがするのだ。



少し座る位置を変えて、彼女にピッタリと寄り添い、その手での首を俺の肩へと傾ける。
そしてゆっくりと自分自身も彼女の方へと傾き、ドキドキと脈打つ鼓動を無視して瞼を閉じた。






身体は大きくなったけれど、その画はきっとあの頃と変わっていない二人の姿であるとを祈って。
















090812