「あめー、あめー。あめあめあめぇぇ」












許してほしい、偽善者














今日、部活は無かったが委員会があった。


珍しく十数分で終わり、荷物をとりに教室へもどると窓の外でぽつぽつと空から水滴が降ってきた。
雨が降ってきたようだ。


天気予報で雨が降るといっていたし、傘を忘れたわけでもないので別に驚かない。
雨が嫌いなわけでもない、かと言って好きでもない。
なのに、荷物をまとめバッグを持った私は、まるで引き寄せられるように
窓から雨を覗きこもうと体が自然に動いた。



ぽつ。ぽつ。
硝子に雨粒が当たる音、それは雨が強くなってきたことを表す。
気になり、少しかがんで硝子越しに空を見ると、いつものように綺麗な青ではなく濁った灰色だった。



「あめー、あめー。あめあめあめぇぇ」



作詞作曲:私。
即行で作った意味不明な曲を笑顔で歌った。
雨が放つこの雰囲気がなんとなく気に入らなかったからだ。




ちゃーん、雨ってそんなに楽C〜?」




振り向けばジロー先輩。いつもの満面の笑みで私を見ている。
可愛くて大好きな先輩と会えて一瞬気分が舞い上がったが…


ちょっと待て。


もしかして今の歌…き、聞かれた…?





「聞きました?」


「うん。意味分からなかったけど」





途端に私は真っ赤になった。絶望のどん底に叩きつけられた。
人に聞かれるだけでも恥ずかしいのに、マイエンジェル、ジロー先輩に聞かれるなんて!
ふかく…(しかも意味分からないって言われた…)(いや、自分でも十分承知ですがね)




「え、あ。いまのは…その」


「そんなきょどんなくて良いよ。ちゃん、カワイかったC」





まるでジロー先輩の周りに花が咲いたように視界が明るくなった。


わー、わー!


ジロー先輩にかわいいって!かわいいっていわれちゃった。


途端に上機嫌になる私を、ジロー先輩はなんだか楽しそうに見てる。
それが凄く幸せで、まだドキドキと興奮したまま先輩に話しかけた。





「あああ、あ、あの!ところで!ジロー先輩なんでこんなところに?」


「へ?」


「ほら、雨だから屋上で寝てられないですし」


「あー、…んとね、図書室で寝てたら、先生が『雨が降ってきたから本降りにならないうちに早く帰りなさーい』って
起こしてくれたから、今から帰るとこ」




ジロー先輩が手のバッグを持ち上げ、私に見せた。
図書室しずかで涼しくて気持ち良いですよねでも寝ちゃ駄目ですよ。苦笑しながら一言いうと、
先輩は「わかったー」と言った。


軽い返事、きっとまた寝るのですね。
これからの季節、先輩がいなくなったら図書室でジロー先輩が寝てる確率高し、そう頭に刻み込んだ。
マネージャーとしてのまた一つお勉強をするも、こんな知識悲しくなる、そう思った。











と、その時



「あ」



ジロー先輩が目を見開き一文字はなった。


どうしたんですか、そう一言彼に問うも、何も応答してくれずに、しょうがなく先輩の目線を辿って
何をみているか確認した。




そこには、日吉と優実の姿があった。





遠くにいるから、数センチくらいの大きさだけれど誰なのかと特定するには十分だった。
暗い午後の正門へと続く道。二人の笑顔をみていると、彼らの周りだけ明かりを灯したように明るくなった気がした。



それはそれは、二人は幸せそうなのだ。





「ご両人め、いちゃいちゃしやがって」


「ね」


「あーいうのみてるとムカムカしてくるのは私だけですかね」


「……」


「あ、ごめんなさい。先輩には彼女いるんですよねー。
 彼氏がいないから、嫉妬するんですよね。」





ハハハ、苦笑いしながらジロー先輩へと目線を移した。
軽い妬みで冗談のつもりだから先輩も笑ってくれるんじゃないか。そう思ったのに、先輩の表情は曇っていた。



先輩はさっきまで笑っていたんだから、彼を曇らせてしまったのは間違いなく私だと悟った。
途端に、私から笑顔が消える。



どうしよう、何か気に障ることを言ってしまっただろうか…。
彼女さんとうまくいってないのかもしれない、そうしたら私すごい失礼なこといっちゃった。




「…先輩、先輩?」


「…」


「その…、ごめんなさい。何か気に障ることを言ってしまいましたか?」


「そう、じゃなくて」





先輩は首を振りながらそういった。
「じゃあ…」と私が頭を回転させると彼は「違う」と。





ちゃんは、何も…」


「じゃ、じゃあなんでですか…?」


ちゃんは辛くないの?好きな人の…あーいう場面をみて」






私が日吉のことを好きだと知っている二人のうちの一人の先輩が放った言葉に私は一瞬固まった。


先輩を怒らせてしまったのでは、という心配が消滅した変わりに、先輩に心配をさせてしまった罪悪感がにこみ上げてきた。





「別に、大丈夫です」


「…」


「なんだかもう、どうでも良くなっちゃって…。
 あはは、自分の中で割り切ったとたんそんなに辛いものとかじゃなくなって」






違う、嘘だよ、そんなの。







「それより、先輩ありがとうございます。私のこと、心配してくれたんですよね。
 別に、大丈夫ですよ!」





もう一度苦笑を浮かべた。

早く話題を変えなきゃ、もたない…。





ちゃん」


「はい?」


「いい子だね」


「え」



なんて残酷な言葉なんだ、一番聞きたくない言葉だったのに。


そんなことないです!
私はすぐさま手を左右に振ってそう答えると、先輩は首を横にふった。





「俺だったら出来ないな。
 好きな子が、他の子と付き合ってたり、ましてや、一緒にいるところをみてたら辛すぎてどうにかなっちゃう」




私だってそうです、心の中でそう呟いた。


まともでいられるわけがない。
本当は、優実のことが憎くて憎くてしょうがないのだ。どうしよもない嫉妬に駆られるのだ。




でも






「本当は」


「…」


「少しは辛いです。嫉妬で狂ってしまいそうになります」


「…うん」


「でも

 私にはあの二人の幸せを壊すなんて、できなくって」









「なんで!!」









ジロー先輩が険しい表情になった。
いつもとは全く違う、憤りがにじみ出た大好きな先輩の顔。

彼の突き刺さるような視線は間違いなく私を捉えていて、思わず視線をそらした。





ちゃんはいい子過ぎるよ!
 いくら日吉のことが好きで、花園さんと友達でも
 ちゃんには日吉に好きって伝えられる権利はあるんだよ!」


「せ、んぱい」


「花園さんよりちゃんのほうが日吉と長くいるんでしょ?
 ちゃんのほうが日吉のこと良く知ってるんだから、今からだって遅くないよっ。
 告白しよ、ひよしに!」


「…」


「あの二人の幸せを壊したって良いと思う。
 ちゃん、たまには自分のことだけ考えたって良いんだよ?」






「違います!」








静かな廊下に私の声が遠く響いた。

今度は私が険しい表情になり、立場が逆転した。
先輩が大きく目を見開いて私を見ている。





ちがう、ちがう


その言葉と共に浮かんだのは過去の日々。


幼い私と、幼い若。
しょっちゅう若のうちに遊びに行って、お稽古みてたりとか
一緒にご飯食べたりとか、一緒にお昼寝したりとか。
そんな楽しい思い出が次から次から溢れてしまった。




「もし、今彼に気持ちを伝えてしまったら」





―――好き


もしもその二文字を若に伝えてしまったら





「彼に嫌われちゃいます!嫌なんです、これ以上若に嫌われたくないっ」





長い間、彼と一緒にいた。





「彼女なんて、そんなポジションでなくてもいいんです。
 今のままでいられれば、それで構わないんです。」





だから、これからも一緒にいたい。
長い年月をかけ、積み重ねた彼との絆を壊してしまうのなら
これ以上望みなんてしないから。





「日吉のためじゃないです。優実のためでもないんです。自分のために…
 私が彼に嫌われたくないないから、彼にこれからも傍にいることを許してもらいたいから
 自分のためだけに、日吉に告白なんてしないんです」






そうだ、優実がライバルだと知った時、日吉が私じゃない相手を選んだ瞬間
私は悟ったのだ、もう私に可能性はのこされてないと。


あのモテモテ優実お嬢様が日吉を好きになって、日吉も彼女のことが好き。
私にはずる込みすることすらできないんだ。
どうやってお互いにお互いのこと嫌いになってもらうか、そんなことも考えはしたけれど、何も思いつかない。
だから一生懸命考えた、どうやったら私はこの状況で日吉との関係をうまく保てるか。


結論は、キューピットになることだけだった。
だってそうすれば日吉は私に感謝する、私を嫌いにはならないはず。







窓から、彼らの姿を探す。
さっきからずいぶん時間が経ってしまったから二人はもういなかった。


明かりがなくなった正門へと続く道。
雨粒はさっきよりより一層量を増して地上へと降り注いでいた。


















090401





























おまけ******





ハッと気づけば


わざわざ変な歌まで歌って気分を上々にしていたのに、いつの間にかシリアスになっている。
だめだめ、こんな私は私じゃない。いつものちゃんにもどさなくては!



私は肩の力を抜き表情をふっと笑顔にした。


気分切替OKです。いつものちゃん発射っ。






「さて、帰りますか。先輩傘持ってます?」


「え、…ううん」


「雨、強くなってきちゃいましたね。私、普通の傘とは別にちっちゃな折りたたみ傘持ってるんで
 貸しましょうか?
 あ、それとも一緒に相合傘でも…」


「え」






先輩は嫌そうな声をだした。