ふくらはぎが痛い。








巡り巡る、気持ち








皆がおいおいとまさかの初戦敗退の悲しみにくれる中、
こんな平凡なことを考える私はいったいなんなんだ。



とは思いつつも、わたしだってそれなりに悲しみに暮れているのには変わりなく、
「ウォンバイ越前」と聞こえた瞬間、視界が歪んだのは嘘じゃない。


それに今日はベンチにも座らずに、一生懸命エールを送っていたのだから、足が痛むのは当然だ何が悪い。



そんなことを考えながら、私はアスファルトの上を、周りに注意をしながら歩き回る。


日吉を探しているのだ。





「日吉君っ」




しばらく探索をしていると、可愛らしい女の子の声が聞こえた。
聞き覚えのある声だな、私は音源を捜すためにきょろきょろとあたりを見渡すと、見覚えのある少女が。



優実、そう声に出そうとしたのだが、次の瞬間、今まで探していた日吉が目に入った。
慌てて口を閉じて、私は無意識のうちに少し離れた木の陰に隠れていた。



「花園…」



日吉も驚いたように彼女を見つめた。






花園優実。
一言で言うならば、お嬢様である。
少し幼げが抜けない可憐な顔立ち、体育も勉強も人並み以上にこなせる。
何より家が大金持ちなので、言葉遣いや礼儀もしっかりしている。正真正銘のお嬢様。
性格も予想を裏切らず、優しくて女友達も多い。
そんな彼女がモテないわけが無いのは当たり前で、男子からも人気が高い。



…で、私の大親友でもある。
1年のときのオペラ鑑賞のときに、隣の席になったのをきっかけとして仲良くなった。
実を言うと最初はそんな彼女が好きではなかった。
もとから捻くれてる私なので、何もかもに恵まれた優実のことが単純に恨めしかったのだ。
それなのに、話し始めてみると、すっかり彼女の魅力に魅せられた。
あのどす黒い感情はどこにやら。なるほど、だから優実はこんなモテるのか、私は理解した。





そんな優実が、大会に来ていたなんて知らなかった。
何のために?その言葉が一瞬浮かんだ。


が、私はその理由にうっすらと気づいてしまい、私は二人の様子を注意深く観察した。



盗み聞きなんて趣味悪いな、なんて気づいてはいるものの、これから起こるかもしれないことの重大さに
比べればと思い、とりあえず耳も澄ます。



「その…」


「…」


「えっと…、今日は残念だったね…」


「…あぁ」




二人から流れてくる微妙な雰囲気を私は確かに感じていた。
日吉はこっちに背を向けているから表情は伺えない。けど優実は少し顔をあからめて視線を泳がしている。


最悪の事態がグンと急接近している、私は悟った。



すると優実は何か決意したように目線を日吉と交えるのだ。


思わず耳を塞ぎたい衝動に駆られた。
どうしよう、頭の中で混乱する私。



今この場で、私が出て行けば、最悪の事態を防ぐことができる。


そう思考がリンクした私は足を動かそうとした。




動かそうとした。




のだが。






良心が痛む。ずきずきと痛んでるような気がした。
もし今出て行ったら、私最悪の人間だ、人の恋路をぶち壊す。
そう思うと足は動かせなくなってしまった。







「でもね」





優実の声が鼓膜を優しく振動させる。




「頑張ってる日吉くん、すごく、かっこよかった!」





そう彼女は一言言うと、逃げるように私と日吉の前から消えていった。



なんと言うか、私は拍子抜けしてしまった。
最悪の事態=告白が起こるのだとすっかり思っていたのだから。
良かった、そう思い、はあと安堵の溜息をついた瞬間、思考が再び働き始める。



いやだ、だめだよ



あんなの、奥手の優実からしてみたら告白みたいなもの。
あんなに顔を真っ赤にしていって…



私はなんとか日吉の表情を伺おうと身体をもぞもぞと動かしてみるが、だめだ見えない。



どうしよう、日吉と優実は…



そこから先、結論は考えられなかった。
ただただ感情が焦り、心臓はドクドクと煩わしく脈打つ。



血液と一緒に、正体不明の恐怖が、足の先まで流れていくのがわかる。





すー、はー。





その場で大きく深呼吸。
落ち着くにはこれが一番。



何度かそれを繰り返した後、このままじゃ優実に日吉を取られると悟った私は、
とりあえず日吉に話しかけるのが大切だと気づいた。




私の存在を彼に刻むのが、きっと今私にとって大切なことなんだ。




優実に取られてたまるか、そんな情けない嫉妬の炎をメラメラと焚き上げて、
私は木の陰から慌てて出て行った。





「日吉!」





少し声を張り上げて彼を呼べば、日吉はゆっくりと振り向いた。





「日吉―、もー、どうしたの?皆もう帰っちゃうよ」


「…」


「日吉がいなくなっちゃったから私、探しに来たんだよ」


「…」





彼は私の言葉に何も答えず、どこか焦点の合わない目でいる。
まるで恋煩い。
背筋が冷たくなる、だめだよ日吉。





「試合に負けたの、落ち込んでるんでしょ?もう」





私のほうがずっと日吉のこと、見てるんだよ。




「確かに、負けちゃったよ。でも、日吉のせいじゃない」


「…」


「誰も悪くない、皆も日吉もすごくがんばったの私しってるもん」





そこまで言ったところでなんてありがちな言葉なんだと情けなくなった。
私なにやってるんだろう。
こんな当たり前の単語つらつら並べて、日吉の何をつかめるんだろう。



そもそも、これは優実を妨害してるだけだ。
何もかも完璧な彼女に負けるのが悔しい、醜い嫉妬。



私はなんて醜いんだろう。こんな私は優実に勝てることはない。



そう理解した瞬間、次の言葉を繋げなかった。



「悪い、わざわざ探しに…」



日吉が声を発している。
しかし、そんな彼の瞳は私を捉えていない。私はうつっていない。





悔しい、悔しい。



心臓がギュッと握られているような感覚に堕ちる。



なんで私じゃないの、なんで優実なの。
私、ずっと日吉のこと見てて、ずっと一緒だったのに。




私は、あまりの悔しさに、とっさに彼の右腕を掴んだ。
彼が、確かに私を見た。



なんともいえない穢れた優越感が血と共に廻る。





「おらおら、男でしょう?そんなクヨクヨしないの!さっさとみんなのとこに戻る!!」





訴え、というよりはただ一方的に彼に当たっていることがバレバレのセリフを吐いて、
私はそのまま彼を引っ張った。





彼に背を向けた瞬間、再び視界が歪むのがわかった。



なんで私こんな涙もろくなっちゃったんだろう。
そう思うと自分自身に対して悔しくてしょうがなくなり、力任せに強く彼を引いていった。









そう、間違いない。この時から、


ずれ始めたんだ。













090401