「ひーよーしー」



あんまり大声をだすと近所迷惑になるので、私はベランダで適度な声量と身振り手振りで数m+硝子の向こうにいる
幼馴染へと存在をしめすのだった。




が、……気づかない。









君に求める、真実









当たり前である、彼との距離は結構あるのだし、硝子もあるのだから爆竹でも飛ばさない限り気づかないだろう。
私はぐるんぐるん回していた両手を休め、ふう、と溜息をついた。


幼馴染でお隣さんの日吉若君。

偶然にも、私の部屋の向かいが彼の部屋で、これぞまさに有りがちな設定なのだが。


距離がありすぎる。

多分恋愛小説の幼馴染の二人は、相手の家の窓へひょいっと飛び移り夜な夜な世間話に華を咲かすのかもしれない。
しかし、私の部屋のベランダと若の部屋の窓の間には、日吉家の綺麗に手入れされた庭がある。
ここから相手のところへいこうものなら、間違いなく飛びきれず落下。多分骨が折れる。(下手したら死ぬ)



なので私はベランダの手すりから身体を乗り出して、一生懸命彼にアピールしていたのだ。



今日はどうしても若と話がしたかった。





私は一旦部屋の中に戻り、机の上に置いてあった携帯をつかんだ。
電話帳を開いて、彼の名前を探す。あった。
決定ボタンをおして、もう一度ベランダに出て若の様子を伺う。




勉強をしていた彼の手が止まる。
携帯に手をのばし、ディスプレイを確認すると、若はこっちを見た。


私は笑顔で彼に手を振り、彼を待つ。




「なんだよ急に」



窓を開け、こちらに話しかける若に、ちょっとねと答え、私は携帯を切った。
パタンと折りたたみ、彼を見れば無表情である。
私はニコニコと笑顔を絶やさずに一枚のプリントを出した。




「この進路希望調査さ、第五希望まで全部埋めなきゃいけないのかな?」




これは本題じゃない。



「ああ、それは…。第三希望までだけで良かったような…」


「そっかー、何だ。一生懸命5つつ考えちゃったよ」



眼鏡越しにこちらを覗き込む若に不覚にもドキッとしてしまい、私は慌てて返事をした。
プリントに目を戻し、簡単に文字を辿る。


知ってる。第三希望までだけでいいってことは。ホームルームで先生いってたし。
だけど、こうでもしないと、いきなり今日のことを切り出すのは難しい。
だからこのプリントのことを切り出して、そこから彼に聞くつもりなのだ。




「ごめんね、本当は部活始まる前に先生に聞こうと思ったんだけどさ。先輩達に捕まっちゃって」



若へと視線を移し、苦笑いしてみる。
私は平常心を保ち彼を見続けた。



「なんで?」



「そう、聞いてよもー。何かね急に先輩達がさ、『お前と日吉って幼馴染?』って聞いてきてさ。
 もうその後が大変大変。跡部先輩の一言で話がこんがらがって誤解がね!」



若が一瞬だけ、私のことを驚いたように見た。やっぱり若も聞かれたんだと確信した私は、

さらに話に入り込もうと続けてみる。



「日吉も聞かれた?」


「…ああ」


「何かね、忍足先輩が『日吉に聞いたんやけど逃げられた』とか言ってたんだけど」



彼は何も言わない。二人の間に重たい空気が流れるのを私は感じた。
やっぱり、と悲しい確信が私のなかで生まれた。
するとなぜか無性に苦しくなる、胸の辺りがギュウッとなるのだ。


私は会話を続けようとするけれど、なぜか頭が真っ白になって何も言えなくなってしまった。
でもこのまま沈黙は一番辛い。私は一生懸命脳内のライブラリーを展開し言葉をつむごうとしてみる。






「ごめん」




やっと頭に浮かんだ一言だった。



「先輩達にいっちゃった。幼馴染だって」


「なんで謝るんだ?」


「え?」



今度は私が彼に驚かされた、彼に視線を戻すと若はどこかバツの悪そうな顔をしている。


だって、日吉は私との関係、知られたくないんでしょう?


そう言い返そうとしたのだが。



「別に、お前と幼馴染だってこと隠せなんていってないだろう?」


「…」


「別に構わないんだが」






「じゃ、じゃあ何で!何で日吉は先輩達に聞かれたとき逃げたの!!」




一番驚いたのは自分自身だった。


今までのやりとりで不安定になりつつあった私の感情は、堰を切ったように溢れ変える。
いけない、感情的になっては絶対にいけない。
心のなかで自分を牽制させようとしているのに、なぜか言う事を聞かない私の口。



「教えてよ、教えてよ…、若!」



泣きそうになってしまったのに気づいて、私は慌てて目線を遠くへやった。


駄目駄目。絶対に泣いちゃいけないんだから。
自分にそう言い聞かせたところでふと気づいた。





なんで泣いちゃいけないの?





目の前にいるのは幼馴染。泣き顔なんて幼い頃何度も見せたし、反対に見たこともある。

今更なんで隠す必要があるのだろう。





「忙しかった」




慎重に顔を上げた。
若は私を見ていない、自分の足元を見ている。




「時間がなかったんだ、先輩に構ってる…」


「本当?」




このまま彼の表情をみててやろう、そうも思ったが、私は何より怖くなって下を向いた。
コックリと首を縦に振るのか、それとも、どう答えれば良いかわからずに何も言わないのか。
もしも後者だったら私の涙腺はきっと簡単に崩壊してしまうんだろうな。




それから私も若も何も言わなかった。少なくとも私は言えなかった。
気まずいとも思ったけれど、これ以上なんていっていいか考えることもできない。
ただ涙を流さないように、鼻をすすった。



「っ」



声がかすれる。



「…ごめん、なんでもない。勉強してたよね、時間大丈夫?」



沈黙に耐え切れなかった私はまるで独り言のような声量で彼に問いかけた。


勇気をだして、顔を上げれば、若はしかめっ面をしていた。
どういう意味あってのその表情かはわからないけど、もうどうでも良いと思った。



「また明日ね、おやすみ」



私は彼に背をむけて、急いで部屋の中に戻ろうとした。



「ああ、おやすみ」



優しい彼の言葉でさえ、今の私にとっては鬱陶しい。





私は硝子をしめると、そのまま部屋から出て、階段を凄い勢いで下った。
あの部屋には今はいられない、日吉の姿をチラッと見ることでさえ、今の私には辛いのだ。


一段一段足を進めてったが、いきない足が滑った。
慌ててバランスをとろうとしても、できるわけなく、私はそのままお尻を階段に打ちつけた。
痛い、私はその場に座り込む。ドスドスという足音も絶え、私の息遣いしか聞こえない静寂が帰ってきた。




若、ねえ若。
本当は隠していたいんでしょ、隠していたんでしょ。
私わかるんだ、わたしったらそういうの、すぐわかっちゃうんだから。

あなたはきっと私が邪魔なんじゃないかな。
あの子に見られたらいやでしょ、私と若が仲良くしてるところ。
そうだよね、きっと。




立つ気力も起きなかった。
御尻の痛みのせいで、涙は引いてしまったが、心の中のモヤモヤは拭えない。
その場で私はパジャマに顔を埋めて、とりあえず悲しみに暮れてみようと思った。
















090401