お昼休み、カフェテリアでのこの時間は本当に幸せである。
暑くもなく寒くもない建物のなかで、硝子越しに差し込む陽の光を一身に浴びる。
そしてあまーいあまーいスイーツ。
ああ、万歳。
…の、はずなのだが。
思い描く、トライアングル
「日吉君のことが…好きなの」
思わずスプーンで掬ったプリンを噛まずに飲み込んでしまった。
慌てて、紅茶を流し込み、優実のことをみる。
顔は真っ赤だ。
この子は何の拍子もなく何を言い出すのだろう。
さっきまで私たちが話してたのは、英語の尾澤先生のヅラ疑惑についてだ。
結局、そんなの私たちには関係ないね、ってことで話が纏まって、
沈黙が流れて…
慌てて周りを見渡して、誰かに聞かれてしまいはしなかったか確かめる。
幸いにも、近くの席には誰も居らず、優実の声量から考えておそらく聞かれてないと考える。
「そう、なんだ。知らなかった…」
目を見開き、驚いたような素振りを彼女に見せる。
知らなかったわけない、知っている私は。
この前、大会の後に見かけたふたりの様子は、確かに鮮明に記憶されている。
あんな優実の姿、恋する乙女そのものじゃないか。
「え、日吉だよ?あのしかめっ面だよ?」
「そんなしかめっ面も好きなのっ」
私だって好きだ。なんていえるわけもないので、無理やり飲み込んだ。
優実はケーキを食べるのに使っていたフォークをトレイに置いて、私をじっと見ている。
そんな彼女の姿勢に、私も釣られてスプーンを置いてしまった。
「それでね、にお願いがあるの」
「え」
「あの…」
もうそこまででこれからの予想がついた。
駄目、いっちゃ駄目、心の中でそう優実に必死に訴える。
「お願いします、どうか私と日吉君の仲をつくろってくださいっ」
ほらね、言うと思った。
もともとテニス部のマネージャーという立場から、ラブレターを渡すように頼まれたり、
放課後に裏庭で待ってると言ってくれといわれたりすることは多々あった。
もちろん、恋に協力してください、そう言われたこともある。
そう言われたときは決まって私は、ごめんなさい、と頭を下げる。
無理だ、私にそんな大役務まるわけがないし、なによりテニス部の先輩に申し訳ない。
そして今回の件について。尚更できるわけがない。
私だって日吉のことが好きなのだ。大好きなのだ。
ましてや、この前のことを考えると、日吉の中で優実の株は急上昇が予想できる。
手伝って堪るか。
私は「ごめん」と軽く頭を彼女に下げた。
*****
なんてお昼のことを頭の四割に締めながら、私は目の前の日吉を捉えた。
「ごめん、日吉。問い3が…」
「どれだ…?……ああ、これなら…」
そして問題の解説を始めた彼が急接近したので思わず私は強張ってしまった。
お風呂上りでまだ濡れている日吉の頭から良い匂いがする、シャンプーかなあ。
「分かったか?」
「え、あ、…うんうん、大丈夫多分っ」
彼に気をとられている間に、解説は終わってしまった。
もちろん聞いていなかったが、聞きなおすのは申し訳ないので適当に相槌を打つ。
シャーペンを握りなおして、数学の問題と向き直る。
…エックスの使い道が浮かばない。
すっかり前進できなくなってしまった私は、シャーペンを放り投げて机に伏せた。
すると日吉は「コラ」と優しく私の後頭部を叩いた。
そんな刺激がとても幸せである。
「日吉はさー、モテモテだよね」
勉強を続ける気にもならなかたので何となく口に出した言葉。
日吉をチラッと見てみると耳を少し紅くしているのが分かってなんだか面白かった。
「いやあ、私はそんなモテモテの幼馴染を持って幸せだよ」
「そんなんじゃない」
「うっそだー、いっつもあんなギャラリー付けといて?」
そこまでいうと、日吉も否定できなくなったのか言葉を続けなかった。
二人の間に静寂が生まれる。
私は気まずくなって、慌てて口を再び開く。
「で、どうよ?」
「何が?」
「好きな子とかさ」
言ったすぐ後に前言撤回したくなった。
なんてことを言ってしまったんだろう、こんなの自殺行為じゃないか。
目の前の日吉は私の言葉を聞いて、茹蛸みたいになっている。
ああ、やってしまった。
さっきの幸せな気分はどこにやら。
いっきに絶望のどん底まで落とされた私は、なんとか話題を変えなくてはと
数学には使えなかった分まで頭を稼動させた。
あ、そうだ。英語の尾澤先生のヅラ疑惑のことを話そうそうしよう。
「ね」
「」
ねえねえと話を切り出そうとしたところで、彼に遮られてしまった。
まさか彼が何か発するとは思わず、私は中途半端な笑顔のままフリーズ。
「に頼みたいことがあるんだ」
「え」
そう、それは数時間前と似たような展開。
頭が真っ白になって何も考えつかない。日吉の次の言葉を待つ時間はとっても長く感じた。
「どうか、俺を花園と…仲良くさせてくれ」
顔を真っ赤にする彼は何て情けなかっただろう。
なんで、そんなこというの。そう彼に問い詰めたくなったがそれはあまりにも愚問だった。
なんてことない。私と日吉が長い付き合いで、私と優実が大親友だから。
恋沙汰に免疫がない日吉のことだ、こうするしか手段が見つからなかったんだ。
頭のなかでトライアングルを思い浮かべて、私たちの顔を当てはめる。
なるほどこれが三角関係か。
「言うと思った」
私は中途半端の笑顔のまま答えた。
090401