ゴム…ゴム……あった。



最近買ったばかりのお気に入りのポーチの中から、ひょいっとゴムを取り出し手首につけた。

髪は部室に荷物おいてから結ぼう。
初夏のそよ風で髪を揺らしながら、ジャージに着替えたわたしは今日も部室へ向かうのだった。













そしてバレる、私達










部室の扉を開けた瞬間、身体じゅうにチクチクと何かが突き刺さる。
視線だ、そう判断するのに時間はまったくかからなかった、が、意味が捉えられない。
いつもなら私なんかが入ってきても誰一人気にしない。ラケットのガットを確認したり、着替えたり、お菓子食べてたり。


なのになんで、今日はみんなコッチみてるの!


いつもと違う空気に固まりつつも、私は単純な脳みそをグルングルン回転させ、
思い当たる折を模索してみる。


あ、わかったきっと私なんか悪いことしたんだ
それでみんな怒ってるんだ


私は善は急げと勢いよく頭を深々下げた。
まだ結んでない髪の毛が頬にチクチクと刺さり、にきびできたらやだななんて案外暢気なことを考えてたりする。


「マリモを冷蔵庫に入れたの私ですっ、さーせんっした!」


「は、お前なにいって……ってお前またいれやがったのか!」



跡部先輩が目くじらたてた。

冷蔵庫の近くにいた忍足先輩はかぽっと冷蔵庫の扉をあけひとこと、「ホンマや」
あちがう、皆これで怒ってるんじゃない、私墓穴掘っちゃったんだ。
そう理解して後悔してみるもすでに遅し、跡部先輩は冷蔵庫から取り出したちいさな丸いビンを、
窓際の机の上においた。


「だめです跡部先輩、まりもはあっついのに弱いんです!
 窓際だなんて死んじゃいます!」


「大丈夫だ」


「何を根拠にそんなこと言ってるんですか、まりもは北国生まれです!
 寒さにはめっぽう強いんですから冷蔵庫で夏を乗り切るべきです!」



ああ、マリちゃんとモコちゃん!
私は両手で顔を多い、おいおいと泣くふりをした。



「そんなにまりもを愛してるんだったら、こんな東京の密集地にもってくるな。
 故郷の阿寒湖に帰してやれ」



良心にグサリと矢が刺さる。

ごもっともです、と口の中でごにょごにょ返した。
素直に負けを認めたくない捻くれた私は、こうやって相手に聞こえないくらいの声量でしか負けを認められない。
だって、やっぱり緑は必要ですお気に入りの雑貨店で890円で売ってたんです、そうも言いたかったが
そこまで言うと私は本当にたちの悪い人間になってしまいそうでやめた。



「じ、じゃあ何で皆様がたそんな怒ってるんですか?」


「別に怒ってねーよ?ただどうしてもお前に聞きたいことがあって」



反応してくれる相手がかわったので、少し驚きつつも声を辿る。
向日先輩はジャージの袖に腕を通しながら、いつもどおりの声音で言った。
なんだ、と安心した私に、次はジロー先輩が近づいてくる。


「あのね」


「はい、なんですか」


目をキラキラさせて私をまっすぐ見つめる彼は本当に可愛い。
思わず鼓動が早くなるのを私は感じながら、私はジロー先輩の二言目を待った。



ちゃんって、日吉と幼馴染なの?」



私は驚いて周りを見渡した。

皆、宍戸先輩までもが興味有り気に私のことをマジマジと見つめてくる。


ふと気づいた、当の本人日吉がいない。
すごいタイミングね日吉、そういえば今日は委員会の集まりだったけ。
心の中でそう呟いて私はふうと息を吐いた。



「え、それだけ?」


「それだけだよ」


大袈裟に頭を縦に振るジロー先輩は冗談を言ってるようには見えなくて。
私は思わず顔をしかめた。




「お昼休みにな、日吉にも同じこと聞いたんやけど、なんか話そらされた」





心臓をグッと握り潰された感じがする。
さっきまでのほほんと構えていた私はどこかに消えてしまい、
ネガティブな部分が刺激され、忍足先輩の言葉に返事をすることもできなかった。




そう、私は日吉と幼馴染である。

五つの時、海外から引っ越してきた私の、お隣さんで、最初のお友達だ。
歳も同じということもあり、私と彼はあっという間に仲良くなり、よくお互いのうちを行き来した。


しかし、あまりにありがちな私と彼の関係は、歳を重ねるにつれどんどん有りがちな道を辿った。
日吉が私を少し避けるようになった。
しょうがないといえばしょうがない。
だって私は女の子で彼は男の子で違うのだ、異性同士の二人は、周りからちゃかされる、当たり前だ。


だから私も日吉にはあまりなれなれしくしないようにした。
彼と幼馴染であることを秘密にした。


でも自分でも十分わかっていたことなのに、忍足先輩の「話そらされた」という二文節にこんな悲しくなるだなんて。
きっと私は心のどこかで日吉が私を避けてることを否定していたんだ。
言い訳して自分に都合の良いように解釈してたんだ。



―そう、やっぱり日吉……ううん若は私とのことを…―




どうしよう、こんなにも胸が締め付けられる。






目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとする。
久しぶりの感覚だった。


私は何とか泣き出さないようにと大きく息を吸って、前を見た。
ここで悲しいふりをしたらだめ、いつもの私で、変わらぬそぶりでいなくてはいけない。



「あー、言ってませんでしたっけ?私、確かに日吉と幼馴染ですけど」



ごめんなさい日吉。
心の中でそう付け加えて、私はめいっぱいの笑顔でそう答えた。


あくまで「隠してた」のではなく、「言い忘れていた」として。
それは私に対する防御でもあり、日吉に対する庇いでもある。



聞き終えた皆は「へえ」などと簡単な相槌を打ったり、近くにいた人と「マジかよ」なんて話してたり。
みんなの反応は何だかとても軽い、私の一瞬の間の葛藤に対して相応しくないと思う。

なんだそれ、私はこんなにも悩んで答えたのにさー。
わたしはちょっと頬を膨らませて、誰に気づかれることなく拗ねた。




と、思ったところいきなり跡部先輩が


「お前、なんでいわねーんだよ。俺とお前は一緒に寝た仲じゃねーか、あーん?」












たっぷりの間。









ええぇえぇぇぇぇえええぇぇえ!!






しっかりとした造りの我らがテニス部の部室がミシっと音を立てるほどの声が木霊した。



ちがう!待って跡部先輩!





「おま、ちょ…!跡部、自分とっ!」


「そんな、お前らまだ中学生だろ!そんなのはえーよ!」


「ハレンチだぞ、おめーら!!」


「そんなさん、僕しらなかったよ…」


「うっわー跡部とちゃんったら大人だC−!」






なんか誤解してるよみんな!


次々と浴びせられる声に私は涙目になりながら首を思いっきり横にふった。
何とか言葉を紡ごうともするけれど、あまりの焦りにパクパクと口を開閉させることしか出来ない。



「は?お前らなに言ってんだよ」


「違う、跡部先輩、今のは先輩が悪い!
そんな、寝てだなんて、わわ、私たち…っ数年まえにお…」


!だめや、こんなナルシスト!なんでこんなんに初めて捧げたんや!」



私のやっとの弁解は忍足先輩のあまりにオーバーな訴えに遮られる。


遮られたのもムカつくが、忍足先輩になんでここまでお説教されなきゃだめなんだ。
お母さんですか、あなたは。
私思春期の女の子なんですけどっ。

そう思うと胸の辺りが何だかむずむずしてしまい。




「もう!忍足先輩にどうこう言われる筋合いはありません!だれに初めて捧げようと私の勝手ですっ」


「違う、俺は跡部はやめとけゆうたんや。コイツだけはあきらめえ!」


「そんな、跡部先輩のどこがいけないんですか!」


「全部や!」


「おめ、忍足ィ!このパーフェクトな俺様の全てがいけないだなんてどういうことだ!」









・・・





数分後にハッと我に帰ったとき、なんともいえない悲愴感に襲われたのは言うまでも無い。
つい忍足先輩に反発してしまった、跡部先輩とはそんな関係なんにもないのに。




だって、一緒に寝た仲って、私が11歳の時に跡部先輩の家に遊びに行って、
遊びつかれていつの間にか二人仲良くお昼寝してましたってだけですよ!?




私は正座してみんなの誤解を解きながら、そういえば日吉のことどうなったと考えもしたが、
跡部先輩のボケ(いや、確信犯?)と、自分の負けず嫌いさを責めるのに精一杯だった。
















090401