外は、緑が青々しさを失ったがために、数ヶ月前とはまるで別世界のように色を失っていた。
そんな寂しさを感じる中、空気は澄んでいて、空はとてもとても高い。
冬が近づいているんだ。
窓際においてある雑誌を取りに来たついでに、私はそんな外の世界を食い入るように見ていた。
ふと、手元に目をやれば、雑誌の隣のプランターが見える。
小さなリナリアの苗は、太陽の光を一身に浴びていた。
リナリア T
あ、このシュシュ可愛い。
なんて思い、値段を見てみたら、あまりの高さに一気に萎えてしまった。
私は今、季節も何も感じさせない常に快適な薄暗い部屋の中にいる。
そして、ソファーの上に横になりながら、雑誌を読んでいた。
新しく出た口紅を宣伝する流行のタレントさんの真っ直ぐな視線に何故かこっぱずかしくなったり、
最近流行のスカートに思わず見とれたりと、充実した一時だった。
あまり外に出ることを許されていないので、私にとって雑誌は外の世界を知るための数少ない手段だ。
「こら、」
声をかけられたのに気づいて、私は頭をあげた。
猫背でパンダ目でなんだかとっても不健康そうな人。と言ったら失礼だ、この人は私の大切な人なのだから。
私はそんな大切な人に、なぜいきなり「こら」などと注意されたのか分からず、眉間にシワを寄せてみる。
「目悪くしますよ。こんな薄暗い部屋なんかにいないで自分の部屋に言って雑誌を読んだほうがいいかと思いますが」
「やーだ、一人じゃ寂しいよ。Lと一緒にいたいの」
途中から雑誌に視線を戻し、とてつもなく失礼な態度でそう私がわがままを言えば、
彼は表情も崩さず、そうですか、と一言言って、パソコンの前に戻ってしまった。
私はそんな彼の背中をチラッと少し見た後、興味を再び雑誌に移す。
掲載されている色とりどりのマニキュアに魅せられながらも、特に欲しいとは思えなかったので、
すぐにページをめくったところ、私の心はとたんに期待に駆られ跳ね上がった。
ミュージックコーナー。
最近の流行の曲が、所狭しと沢山紹介されている。
私はもしかしたら、と思い、曲名を一つ一つ丁寧に辿っていった。
あの曲、私が大好きなあの曲。
すると見覚えのあるジャケット。あの曲のCDであった。
なんと本当に載っているとは。わたしは驚きで思わず「あっ」と声をあげてしまった。
慌てて口を塞ぐも時既に遅し、パソコンに向かっていたLが、振り向いてきょとんとしてる。
「どうしたんですか?」
「あ、ごめん、驚かして。ね、見てみてコレ。知ってる?」
私は雑誌を手に取り、イソイソと彼の隣へとむかった。
ペタッと床にお尻を付けて、彼に雑誌を見せ大好きな曲を指差してみた。
「この曲ですか?」
「うん、知ってる?」
「いえ、全く知りませんねえ」
愚問だった。この男の頭の中にはスイーツと事件しかないんだった。
もう何年もLと一緒にいるのに、そんなことにも気づけなかっただなんて。
期待してた私の情けなさに気づいた瞬間、とたんにつまらなくなって、そうですかーと彼に返事を返し、雑誌を自分に向けなおした。
「私ね、この歌、凄い好きなんだ。良い歌なんだよ、感動しちゃうんだから」
「歌で感動するんですか?」
「うん。初めて聞いた時は、思わずうるっときちゃった」
「うるっと…泣きそうになるんですか」
「もう、Lにこの気持ちはわからないよねーだ」
まるで独り言のように、歌の説明をしたところ、何故かLが食いついてきたので、わたしも口調に熱が入る。
その曲は恋の歌。でも報われない恋、つまり悲恋なのだ。
初めて聞いた時、その素晴らしいメロディーに心を鷲掴みにされ、泣きそうになった。
思わず、その歌に、私とLを当てはめてしまったのだ。
私が歌の主人公。そしてLがその主人公の想う人。
私もLに報われない恋をしているから。
あまりにもその歌に魅せられてしまった。
「じゃあ、ちょっと歌ってみてください」
一人で歌の歌詞をぼんやり思い浮かべていたところにまあ、こいつはまたなんて唐突なことを言い出すのだろうか。
私は、驚いて返事もできなかった。ただただ目をぱちくりさせる。
そんな私を不振に思ったのか、Lは指をくわえて首をかしげた。
「私も歌を聴いて、うるっとしてみたいです泣いてみたいです」
「え」
「さ、どうぞ。さん、はいっ」
なんていきなりせかされてしまって、私はそのまま反射的にその歌を歌いだしてしまった。
ぼんやりと思い浮かべていた歌詞をあたまにはっきりと思い浮かべて、メロディーをつむぐ。
報われない恋の歌。
私と、目の前にいる、L。
思わず、いつものくせで、歌の内容に私と彼を当てはめてしまう。
叶わない恋に、涙をこぼす歌の中の主人公。
そこまで来た瞬間、視界が歪んでいた、目に涙がたまっているのだ。
だめだ、泣いてしまいそう。
私は泣くまいと、一生懸命他の事を考えようとする。
しかし目の前にいるLのためにも、歌うことをやめることは出来ない、でも歌えば歌のストーリが頭の中に流れる。
駄目だ、と分かっているのに涙はさらに目にたまっていき、ついには、目じりを伝って流れた。
すると堰を切ったようにとたんに涙が溢れ出てしまう、私は本格的に泣き出してしまった。
口がうまく動かずに、歌をうたうことすらもままならなくなってしまう。
途切れ途切れになる歌を聴かされることになったLは「もう良いですよ」と私に声をかけた。
「ご…めんあさ、い。いきな、り……泣いちゃったり…しちゃて」
私がそう精一杯声を絞り出すと、彼は私にずいっと近づき、ワイシャツの袖で私の涙を拭こうとしてくれた。
…うん、拭こうとしてくれた。実際にはうまく拭えてないし、乾いたシャツはバサバサして擦れて痛い。
私は、もう大丈夫だよ、と無理やり彼を制止して、泣き止もうと深呼吸した。
「有難うございます。良い歌ですね、うるっとはきませんでしたけど」
めずらしくLが表情を崩し微笑んだので、思わずドキッときたが、彼の台詞に棘が発見された。
なんかそれじゃあ、一人でえんえん泣いてる私が馬鹿みたいじゃないか。
なんて心の中で呟けるくらいには落ち着いてきた頃、Lが再び口を開いた。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが」
「え…うん?」
つかぬこと?今更、しかもこんな時になんなんだろう。
私は頭の上に素直にハテナマークを浮かべて、Lの言葉を待った。
「は、私のことが好きなんですか?」
心臓も何もかも吹っ飛びそうなくらい、驚いた。驚いたというよりはビビッた。
彼は先の読めない人間であることは長い付き合いだから十分分かってきた。
今に始まったことじゃないし、慣れたつもりでいたのに。
あっという間にショートし使い物にならなくなった思考回路を持つわたしに、Lは飄々と続けた。
「今の歌は悲恋を題にした歌ですよね。は歌のストーリーに私たちを重ねて感極まってしまったんではないんですか?」
さすが世界一の名探偵と褒め称えたいところだが、今はそんな推理力がわずらわしい。
どうしようバレてしまった、どうしたらいいんだろう。
どう言い逃れれば良いんだろう。
いや、世界一の頭脳を持った彼から言い逃れなんて出来ないじゃない。
え、じゃあどうやってLに返事しろっていうのよ。
というか、なんで、恋沙汰には全然興味ないような顔して、こんなに目ざといのよ!
と、そこまで考えたところで、思考回路がつながった。
なんで彼はいきなりこんなことを聞いたのだろう。
私は今まで、彼にとって恋愛は邪魔な物だと思ってきた。だから私はLに想いを告げようとはしなかった。
報われない結果だとわかっていたから。
でも、彼は自分の都合の悪いことに関しては平気で嘘をつく。
もし、私の恋心が彼にとって邪魔であるなら、彼は気づかぬふりをして何も言わずに逃げるのではないだろうか。
それでも、彼がこんなことを聞いたのはもしかして、もしかして。
私はそこまでくるともう嬉しさに有頂天になってしまった。脳内はいっきりパステルカラーで彩られ、
心は、なんとも言い表せない幸福感に満ち溢れている。
そんな、まさか。Lが私のこと好きかも知れないだなんて!
思わずほっぺの筋肉が、私をニヤニヤさえようとする、が、それは駄目だ、変人になっちゃう。彼に嫌われちゃう。
慌てて私はLに向き直り、深く考え直しもせずに、スーと息をすった。
そして、コックリと確かに頷いた。
「そうですか」
なんてLが言っていたけど、私は嬉しさのあまりにもう良い答えしか返ってこないと決めつけて、
これから繰り広げられるであろう、Lと私のラブラブワールドを妄想して飛んでいきそうだった。
のに。
「すみません」
Lが頭を下げて、そう言ったの私は確かに聞いてしまい、私は金縛りにあったかのように、身体が全く動かない。
「え、今、その、なんて言ったの?」
私は一転真っ白になった頭で何とかその一言をつむぎだして放った。
Lは、ゆっくりと頭を上げ、私を見る。その視線に逃げたくなり、逃げ場を探してみるも、もちろんない。
「すみません。私はそういうことに全く興味がないので、あなたの気持ちには応えられません」
「は」
彼は申し訳なさそうにもせずにしらじらと、のんのんと言ってのけた。
てっきりこういうときに溢れ出るものは悲しみだとか、涙なのかと思った。
それなのに、今私に溢れているのは、怒り、悔しさ。
なにどういうことなの?
私は雑誌をくしゃくしゃになるのも忘れ強く握った。
じゃあ何であんなこと聞いたの?
勢いよく立ち上がり、利き腕に力をこめる。
断るんだったら、なんであんなこと聞いたのよ!
私は思いっきり手に持っていた雑誌を彼に向かって投げつけた。雑誌は見事、彼の方に命中し、
Lは、小さくうめき声を上げるとともに顔を歪めた。至近距離だったからかなり痛かったかもしれない。
それでも私はLにあやまるつもりなんてさらさらなかった。
ただ憤りを露わにして、彼を睨みつける。
「なんなのよ!訳わかんない、Lなんて最低っ」
私は自分が出せる精一杯の大きさの声をLにぶつけ、部屋を出て行った。
そのまま、廊下を走り続けて、自室へとつき、私はベッドへとダイブした。
怒りが収まらずに、ベッドを思い切り叩くも、結局スプリングに吸収されただけで何にもならない。
考えればわかることだった。彼は何もかもを知らないと済まないタチなんだ。
私に好きか、と聞いたのは、ただ知りたかっただけ。それ以外に理由なんてあるわけないと、なぜ私は気づけなかったんだろう。
長年彼に付き添っていながらも、早とちりをした自分が悔しい。憤りを感じる。
そしてLに対しても。
なんであんな何もなかったふうに言ったのだろう。いや、ただ興味がなかっただけだからだ。
それでも、それでも。
その世界一の頭脳を駆使して、
私の気持ちを考えて、
少しでも雰囲気を大切にして、
申し訳なさそうに断って欲しかった。
もっとわがままをいうのなら、たまに垣間見せるあなたのその優しさで、嘘で良い
私も好きです
そう一言でも言って欲しかった。
言ってくれれば、良かったのに…。
考えを巡らしているうちに、怒りが消えていき、変わりに悲しみが溢れてきた。
そっか、私の恋は終わってしまったのか。
叶わない想いだと知っていても、初めて出会った瞬間からずっと携え続けてきた、温かいこの気持ちを手放さなきゃいけないんだ。
失恋したんだ、私。
やっと実感が湧いてきて、とてつもなく悲しくなった私。
いつの間にか涙を流していることも気に留めず、ただただシーツを握り締め続けた。

|