幼い頃、私はLから半ば強引にワイミーズハウスから連れてこられた。
あなたの才能は素晴らしい是非私のお手伝いをしてください、Lが初めて私に言った台詞。
あの日からあなたは私の大切な人なんです。
リナリア U
小さなリナリアの苗を、ベッドの上からただボーっと眺めていた。
何も変わらない、いつもと同じリナリア。
リナリアの苗がやってきたのはそんな昔のことじゃない。
ある日の夜、私はテレビを眺めていた。毎週やっている人気ドラマ、お気に入りだった。
そんなドラマの1シーン、ヒロインが男性にリナリアをプレゼントする。
ヒロインは口では恥ずかしくて言えない想いをリナリアの花言葉にこめていた。
リナリアの花言葉「私の恋に気づいてください」
報われない恋をする私にとって、そのシーンはどんなに魅力的だっただろう。
だから私はキルシュにお願いをして、思いっきり季節はずれながらもわざわざリアリアの苗を
取り寄せて貰い、大事に育ててきた。もちろん、目的は、あのシーンの真似。
来年の春になってリナリアが綺麗に咲いたら、Lにプレゼントをしよう。
「私の恋に気づいてください」、口ではとてもじゃないけど言えないそんな言葉を、リナリアにたくして。
のつもりだったのに。
そんな私の小さな夢は一昨日あっけなく泡となって消え去った。
あんないきなり、失恋するなんて、誰が予想しただろう。
おまけで、このリナリアを育てる意味がなくなった。もう私の恋に気づかれてしまった。
ベッドから立ち上がって、そっとリナリアの葉に触れる。
リナリアは冬を越せるけど、やっぱりどこか青々しさがなく乾いている。なぜか悲しくなった。
まあ、いいや。春になってリナリアの花が咲いたら、ゆっくり鑑賞して、押し花にしてしおりでもつくろう。
さすがにこのままリナリアを見殺しにすることは出来ず、私は精一杯リナリアの存在意義を見出した。
うん楽しみ楽しみ、と無理やり自分の心を奮い立たせて、来年の春の楽しみを新たに作る。
コンコン
ドアがノックされたので、私は振り向いた。
もう夜も深まり実はこれからすぐに寝るつもりだったが、居留守を使うわけにもいかず、私は鍵を開けた。
多分、キルシュかな。
そんな予想の中、ゆっくりと扉を開ければそこに立っていたのは
Lだった。
「こんばんは。こんな時間にすみません」
律儀に軽くお辞儀までしているL。
私は驚きで目を大きく見開き、固まってしまった。
「?」
「あ、いや、そのこんばんは。どうしたの?」
大体この時間はLはまともに睡眠もとらず、お仕事と向き合っている。
いや、Lだけじゃない、いつもなら私も彼と喜んで一緒にお仕事中だが、一昨日の出来事から
まともにお仕事をするのも困難なほどに、私たちは気まずくまってしまったので私はさっさと抜け出してしまった。
「いや、事件解決の目処がついたので、久々に睡眠をとろうとしたのですが、今晩はとても冷えまして」
「うん」
「ひとりじゃ寒くて寒くてとてもじゃありませんが寝れません」
「え、で?」
「一緒に寝ましょう、」
二日ぶりに心臓も何もかも吹っ飛びそうなくらい、驚いた。驚いたというよりはビビッた。
だからなんでコイツはこうも唐突におかしなことを言い出すのだろう。
なんでこんな気まずい時に、一緒に寝ましょうとかそういうことを言うのだろう。
私はすっかり答えに困り果ててしまっていると、Lは「枕もちゃんと持ってきました」と、なんだか誇らしげだった。
すっごい一緒に寝る気まんまんじゃん!
ニッと笑ったLに少々引きながらも、これはお断り不可能なのではと悟っていた。
いやいや、でもこんなギクシャクしてるのに一緒に寝てられるか。
ということで私がお断りの言葉を彼に放とうとした。がその瞬間、彼は失礼しますと、ずかずか部屋に上がりこんできた。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「が右側で、私が左側です」
私の制止も聞かずにLは私のベッドの上にもともと置いてあった枕を右側にずらすと、
その横の左側に、持参の枕を置きやがった。
恐るべき行動力に、私はついていけない。
そうだよ、一緒に寝るって、この部屋にベッドは一つしかないから、必至的に一緒のベッドでグッドナイトじゃん!
これはもう、今は気まずいからとかそういう問題じゃない。
成人した男女が一緒に寝るだなんて、まずは常識から外れている!
「じゃ、じゃあ私は、ソファーで寝ようかな」
「何言ってるんですか、わたしはと一緒のベッドでぬくぬく温まりながら寝るつもりで来たのに」
とか言いながら、彼はもう堂々とベッドの上にもぐりこみ、寝る体制に入っている。
逃げ場なんてない、Lの言うとおりにするほかないんだ私は。
私は、しばし戸惑った後、そっとっそっとベッドに近づく。心臓の音がうざったい。
ごくっとつばを飲んだ。Lはそんな私の様子をいつものまん丸目でガン見している。
余計横たわり難くなったが、このままでいてもしょうがないので、恐る恐る、ベッドの右側に侵入した。
「の身体冷え切ってますね。これではぬくぬくできないかもしれません」
ああ、そうだ。Lはただぬくぬく温まりたいだけ。
そう思って自分を無理やり納得させる、変に気にする必要はないと。
それでも身体は正直で心臓の鼓動は相変わらず落ち着かず、Lにばれてはいないかと心配でしょうがない。
「ごめん。冷え性なもんで」
「知ってます」
ハッと気づいた。
違う、Lの目的は温まりたいんじゃない。温まりたいんだったら部屋の暖房を効かせば良い。
そもそもLは私が冷え性なのを知ってるから、わざわざ私のところに温まりに来るわけない。
彼は、私と仲直りしようとしてるのだ。
二人がまだ幼いころは、よくこうして同じベッドで寝たものだ。
Lは、そう、あの時みたいに、また仲良くなろうとしているんだ。
背を向けていたLのほうへと慌てて体ごと振り向けば、彼はいつもどおりの飄々とした顔で私を見つめている。
飄々とした彼。私に気を使う彼。
私は目の前の矛盾で胸がキュゥンと締め付けられた。
どうしよう、とっても幸せで、とっても辛い。
ふっと、私の手とLの手が触れて、私は思わず手を引っ込めてしまう。
するとLの手はもぞもぞと私の手を探り出し、握った。
Lの手は酷く温かだった。
ねえ、なんでかな教えてL。胸の奥がとっても痛いよ。
甘くて、すごく甘くて。でもすごく切ない、そんな想いがいっぱいいっぱいこの胸に溢れているの。
心の中でそう訴えれば、私の目には涙がたまり、零れた。
するとLは少し困ったような顔をして私の涙を指先でそっとぬぐってくれる。
分かってる。分かってるの、もう終わったんだって。もう望みなんてないんだって。
でも止まらないから、L、どうか止めて。
あなたがこんなにも好きなのと同じくらい、悲しみも止まらないの…。
するとLは私の想いを察してくれたように、腕を私の背中まで回してギュッと優しく抱きしめてくれた。
泣きやむだなんて、無理。私は彼の胸に顔を埋めて、思う存分泣いた。
***
あれから何度目かわからない、また昇った太陽を私は少し見た後、雑誌に目を戻した。
【この冬に行きたい!デートスポット特集】
特に興味を持ったわけではないが、暇だったのでそんな特集を眺める。
しかし、思わず目が止まった。
海の写真だった。
【海は夏だけと思っていませんか?しかし冬にこそ、海に行きましょう!
彼と一緒に冷たい潮風に吹かれれば、二人の距離が縮まること間違いなし!】
なんてそんな紹介文なんてどうでもいい。
ただ、海がとても輝いて綺麗だった。
「L、。お茶にしましょう」
扉の向こうからキルシュがティータイムセットを携えてやってきた。
「ありがとうございます」自分の前にお茶が出されて、キルシュにお礼を述べれば、
彼は何か思い出したように、そそくさと部屋を後にした。
アールグレイの深い香り。クッキーの甘い香り。
目の前のLはむさぼるようにクッキーに手を伸ばし、口の中に詰め込んでいる。
ぼろぼろとカスをこぼして、口いっぱいにまるでハムスターのようにクッキーを満たすLの姿はとても可愛らしい。
ああ、もしも一つ願いが叶うのならば、
この写真の海、Lと二人手を繋ぎ歩いてみたいなあ。
と、いつも何かとLに関連付けて彼のことばかり考えてしまう自分に気づいた。
なんてね、無理無理、と私は慌てて雑誌を閉じて、紅茶を口に含んだ。
「」
「なに?」
クッキーが口いっぱいで話し辛そうに、彼は私の名を呼んだ。
Lは紅茶を流し込んで、クッキーごとごっくりと飲み込んだ。
「あの、後でまたあの歌を歌ってください」
「…え、あの歌って…、この前の?」
「はい、私あの歌が好きになりまして、また聞いてみたくなりました」
嘘か本当か分からない、でもLの言葉に、私の心は浮きだった。
彼はいつもと変わらない、飄々とした顔。
よーし、後でティータイムが終わったら、歌ってあげようじゃないか。
もう今日は泣かないんだから。笑顔で最後までちゃーんと歌ってみせるよ。
だって私、あなたの特別な歌姫だもん。
でも、一つだけ、どうかこれだけは許してね。
密かに、貴方への想いを込めてしまうかもしれないから。
心の中でそう呟いた私を、リナリアは優しく見ていてくれたかもしれない。

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